第96回 センスのある経営人財の育て方

人財育成
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「こんにちは、かんれき財務経営研究所の雄蕊覚蔵です!」第96回は「センスのある経営人財の育て方」と題し、「第95回儲かる企業の「経営センス」」の続編として経営センスのある経営人財の育て方について考えてみようと思います。

 

『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010)の著者である国立大学法人 一橋大学大学院経営管理研究科 国際企業戦略専攻の教授楠木建氏が、WEB上の講義・講演・対談動画あるいはコラムや著書のなかで専門家の視点から「経営センスとスキル」に関して数多く言及されています。
「代表取締役担当者」とか「スーパー担当者」等、その中に出てくる言葉もユニークかつ端的で、すんなり腹落ちできたので、それも参考にさせて頂きながら、かんれき財務経営研究所としての「経営人財」の育て方についての考えをまとめてみます。

 

経営人財や管理職は担当者の延長線上には生まれない
楠木建氏と山口周氏の共著『「仕事ができる」とはどういうことか? 』(2019)では、仕事ができる人を「この人ならなんとかしれくれる」、もっと言えば「この人じゃないとダメだ」「余人をもって代えがたい人」と定義し、「あれができる、これができる」と言っているうちはまだまだ半人前で、スキルを超えたセンスにこそ「仕事ができる」の正体があるとしています。
スキルを学ぶための手段は数多くありますが、センスを磨くための方法はそんなに多くありません。そのため、多くの人がセンスの重要性についてなんとなく気づいているのに、それを学ぶ術が見つからないのが現実ではないでしょうか。
実際の企業で、昇進・昇格する者を選別する際にセンスの有無まで深く掘り下げていないかもしれません。担当者として優秀な業績を残した者が引き上げられていくような印象を持っています。
人事評価においても情意評価の項目設定はありますが、人事評価を行っていたときにセンスに紐付けて評価することはありませんでした。そのくらいセンスというものは、感覚的にしか推し量れないものなのだと思います。
ただ、昇格者を推薦する際には、この人は担当者向きだろう、あの人は管理職向きだな、と感覚的に自分のなかにはいくつかの選択基準はありました。

この本の中で「お詫びスキルがひたすら向上する客室乗務員問題」について取り上げられていますが、この記事を読んで、これまで不思議に思っていた経営幹部・管理職の考え方や行動の謎について溜飲が下がる思いがしました。
どういう問題なのか、その要旨をまとめてみます。

飛行機のエコノミー席の機内食の選択肢は2つぐらいしかなく、客室乗務員が前の席から順番に注文を取っていくのだが、後方の席に注文を取りに来る前にそのうちの1品が売り切れになってしまう。乗務員は「本当に申し訳ございません……」と、心の底から申し訳なさそうな表情と声のトーンでお詫びをしてくれる。優れた接客担当者のスキルには間違いない。その後のフライトの機会にも同様の売り切れが発生し、客室乗務員が同じように優れたスキルのお詫びが繰り返される。こうしてお詫びを繰り返すたびにお詫びのスキルがどんどん磨かれてきたに違いないが、なぜ同じ欠品を繰り返すのかという疑問が起きる。
もう少し「商売人」の視点があれば、お詫びスキルを磨くよりも、機内食の種類の構成を変える。つまり売れ筋を増やすという提案を機内食の調達部門に出して、欠品を防ぐ商品構成の変更に動くだろう。そうすれば、上手に謝るよりも顧客の満足度が上がり、少しでもリピートが増えるのではないか。

つまり、ここでの本質的な課題は機会損失を防ぐことです。それによって売上増加や顧客満足度の改善に繋げていくという発想が必要なのですが、担当者レベルでは、ひたすらお詫びのスキルを磨くことにしか意識が向いていないのです。
担当者だから、担当していることにしか目が届かず、俯瞰した立ち位置から二人称、三人称で考えることができないで、すべて一人称で考動してしまっている。つまり、特定の担当分野でのスキルをどんなに高めたとしても、たどり着く先は「スーパー担当者」であり、経営人財や管理職にはなれないということです。

潜在化していた課題や問題が、繰り返し、繰り返し表面化するたびに、経営幹部や管理職は、目の前の課題や問題の事後処理の経験を積み重ねていくことができるので、その対応スキルは飛躍的に向上します。しかし、課題の本質はそこではありません。経営幹部や管理職が対応するべきことは、同様の課題や問題が繰り返し起きないように未然防止策を考えて実行することなのです。
経営人財として登用した経営幹部や管理職が「スーパー担当者」の域を超えることができないと現場では日々課題や問題の対応に追われることになるのです。
中小企業経営の現場では、こうした「客室乗務員問題」が起きている企業も少なくないと思っています。

 

事業というリアルな現場で経営人財・管理職を育てる
経営者や管理職は担当者とは違います。会社全体や担当部門全てを掌握する人が経営者や管理職で、現場で分業された事業のオペレーションをする人が担当者です。仕事の性質が全く異なるので、担当者がどんなに素晴らしいスキルを身につけて強力な担当者に育っても経営者や管理職にはなれないことは前述しました。
その会社や担当部門の事業全体が掌握するべき対象となる経営者や管理職なった途端に、いくら高度なスキルがあってもそれだけでは対応できなくなり、センスが求められることになります。
企業にとって、経営人財は最も貴重な経営資源になります。だから、経営人財に厚みのある会社が強いのです。担当者は労働市場から調達できますが、経営人財は企業の中で育てていくしかありません。しかし、経営人財に必要なセンスの育成に確立された方法はないので、経営人財が育つ環境を企業の現場に作らなければならないのです。
「如何にして経営センスを持った数多くの経営人財を育てるか」企業が生き残っていくための重要な経営戦略の1つとして取り組む必要があると思います。

 

経営人財に育てる対象者を選別する
更に、経営人財に育てる対象者を選抜するために人を見極めることも重要です。センスは努力すれば身につくものではなく、向き不向きが大いに関係するものなので、この見極めが非常に大切です。
見極めを間違えて不向きな人を抜擢してしまうと、抜擢された対象者本人もすごく苦しい状況に追い込まれます。また、不向きな人が経営者・経営幹部や管理職のポジションにつくと、仕える部下も悲劇です。そうなると、企業にとっても、抜擢された本人にとっても、現場のスタッフにとってもいいことにはならないのです。
経営人財に向いているかどうか、今後センスが伸びていくかどうかの見極めは、経営センスのある人にしか出来ません。逆に、経営センスがあれば、すぐに見抜くことができます。

「向き、不向き」を判断する1つの方法は、経営や管理を話題にした対話をすること。何も難しい話ではありません。普段の担当業務のこと、日常の困り事や課題等、気軽に話をすればよいのです。
経営センスに向いていない人とは対話が続かず、話題が違う方向に行ってしまいます。一方、そうした話題に食いついてくる人は、対象者として向いている人。常に問題意識を持っているので、こうした話題に興味を持って、自分なりの意見を投げ返してきます。そして対話がどんどん展開していきます。このキャッチボールを繰り返していると手に取るように対象者のセンスが磨かれている様を感じ取ることができます。この向き・不向きは、対象者の「好き・嫌い」が大きく関係するようです。興味や関心を持つ人は、チョット背中を押しただけで、積極的に情報収集し、自主的にセンスを磨いてくれます。

人的資源にも限界がある中小企業においては、経営者、経営幹部といえども担当者レベルの仕事もこなさなければならないのですが、現場の仕事に忙殺されていては「経営センス」を磨く余裕がありません。事業部門の経営者として「経営の疑似体験」に集中できたり、「思考のスピード」をあげるために考えたりする時間を確保する環境整備が経営者の重要な仕事なのです。

経営者・経営幹部が「お詫びスキルがひたすら向上する客室乗務員問題」を繰り返すような「スーパー担当者」集団で、経営者・経営幹部がひたすら目の前の仕事をこなすだけは、経営センスを磨く環境作りができないばかりか、企業としての将来ビジョンも描けず、組織の統制も効かない単なる寄り合い集団になってしまう可能性が高まります。
そうした組織の従業員には「誰が自分たちを見守ってくれるのか、困ったときに誰が助けてくれるのか」といった不平不満や安心・安全に対する不安しか残りません。それでは従業員のエンゲージメント向上が図れず、従業員の定着率も低下の一途を辿り、企業としての成長・拡大は望めないと思います。

また人を評価するには、人の心や感情が読めたり、人の気持ちが理解できたりする能力が必要です。評価者としての信頼を得られていない経営センスのない経営者や経営幹部の評価では、評価された本人の納得性を得ることも難しく、従業員満足度の向上に繋がらないのではないでしょうか。人間は感情の生き物なので、それを無視して事業を押し進めても、いずれ従業員がついて来なくなってしまい、最後には持続することが難しくなります。経営者や経営幹部の従業員に対するホスピタリティも重要な要素なのです。

経営者・経営幹部には「専門性のあるプロ」になる必要性は全くありません。経営者・経営幹部といった経営人財の真の価値は、部下にとって「自分たちを見守ってくれる頼りになる唯一無二の存在」になることなのです。

「名選手、名監督に非ず」という言葉がありますが、まさにセンスとスキルの違いを表わしている言葉だと思います。
大企業ですと、担当者⇒係長⇒課長⇒部長と管理職として、経営管理の引き出しを増やす経験を積ませ、経営センスを磨く場を与えることができるのですが、事業規模や人的資源が限定的な中小企業では、なかなか難しいのも現実です。
ですから、経営者がやるべきことは、限られたなかでも経営センスを有する人が経営センスを磨けるような機会を提供して、場数を踏ませ、育てる環境を創ることなのです。

また、個人としてセンスを磨くためにできることは、第一に、経営センスがある人をじっくり観察したり、そういった人と対話したりすることだと思います。「その人は何をやらないのか」「その人が苦手・不得意としていることは何か」「どういう信念に基づいて何をやっているのか」といったことを知ることで、その人の持つ経営センスのスタイルを学ぶことができると考えます。まずはお手本にしたい経営センスのある人を見つけて、真似てみることです。
もう1つ、思考するための手段としての読書を勧めます。本と対話しながら思考の歩幅を拡げ、数多くの引き出しを持つことが大切です。

 

経営人財は多くなくてよいが、必ず必要
経営センスを持つ人財は、1つの企業にそんなに多くいる必要はありません。100人規模の組織だと2、3人いれば十分足りると思います。経営人財を育成して増やすことは企業としての厚みを増すので必要ですが、いたずらに数だけ増やしても、お互いに「それは自分の役割ではない」と責任の所在が不明確になる危険性も一方では孕んでいます。
大事なことは「経営センスのある人財を見極めて抜擢すること」です。それができている企業と社員を担当者としてしか識別できない企業とでは、その差が非常に大きくなり、企業の収益性や持続可能性にも影響してきます。

投稿者プロフィール

矢野 覚
矢野 覚
LINK財務経営研究所 代表 
1982年 4月 国民金融公庫入庫
1993年 4月 公益法人日本生産性本部経営コンサルタント養成講座派遣
2015年 3月 株式会社日本政策金融公庫退職
2015年10月 株式会社山口経営サポート(認定支援機関)入社
2019年12月 同社 退社
2020年 2月 LINK財務経営研究所 設立
2022年 5月 健康経営アドバイザー
2022年 7月 ドリームゲートアドバイザー
中小企業金融の現場で、33年間、政府系金融機関の担当者~支店長として事業資金融資の審査(与信判断)や企業再生支援、債権回収業務に従事するとともにそれに関する稟議書の起案・決裁に携わっていました。
その後、中小企業の財務責任者として資金調達、経営改善業務をお手伝いさせていただき、短期間で赤字体質の中小企業を黒字体質に改善するコトができました。
こうした経験を活かして、「財務の力でヒトとカイシャを元気にする」ために、小規模事業者・中小企業の皆さまのお役に立ちたいと考えています。

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