第59回 中小企業の人事制度

マネジメント

「こんにちは、かんれき財務経営研究所の雄蕊覚蔵です!」第59回は、中小企業の人事制度の構築について考えてみます。

 

《過去の失敗事例》
雄蕊が関与している中小企業で、新規プロジェクトが着々と進行しています。この企業は、数年前は大幅な赤字企業でしたが、足下の収益状況は改善し、ここ数年は安定した利益を出しています。財務フローは現場スタッフの頑張りもあり、順調に推移しているのですが、財務ストックは、まだ過去の赤字の影響が色濃く残っている状況なので、企業体力としては、まだまだ力を付けていかなければなりません。
この企業が抱えていた数字とお金に関する課題は、一応決着しましたが、組織と人に関する課題が残っています。
過去に3度、賃金制度を主眼にした人事制度の構築を目指しましたが、ことごとく失敗に終わりました。
就業規則や人事制度等の見直しをするには、現場のスタッフの意見も尊重する必要があると思っています。しかし、見直す内容が全てのスタッフにとってメリットのあることばかりではないので、スタッフ全員の賛同を得るのは困難です。
就業規則を実態に即した内容にするというマイナーチェンジを行うことはできましたが、決して不利益変更を行うわけではないのに、賃金制度の改定については、なかなか現場のスタッフの理解を得られることが難しく、断念しました。こうした課題は、ひとりで進めるのではなく、経営チームとして取り組むことが重要であるとつくづく実感しました。

 

《どのような組織を作りたいのか、どのような人財を育てたいのか》
そもそも、企業は何のために、就業規則を作成したり、人事制度を導入したりしているのでしょうか。それは、賃金を決めるためだけに活用しているのではありません。
こうした規則や制度には、企業の理念やビジョン、企業の目指す方向性や企業が求めるスタッフ像が反映されることが重要なのです。
企業が成長するには人材(スタッフ)の育成が欠かせません。同時に、スタッフが目指す方向性や目標が、企業のそれと同じベクトル上にあることが必要です。就業規則や人事制度は、最終的に企業の生産性の向上や業績のアップにつながるものでなければなりません。

これまで日本独自の雇用システムとして年功序列型賃金体系や終身雇用制度がありましたが、社会や労働環境の変化に伴い時代にそぐわない仕組みになっています。現在では年功序列型ではなく、客観的にスタッフの能力や業績、貢献度などを判断し、設定された目標への進捗状況や達成度、担当業務への適合性などを見極め、賃金を決める方向に変化しています。つまり、人に賃金をつけるのではなく、スタッフの職務や役割の達成度に応じて賃金をつける制度が主流になりつつあります。

公平性が担保され、適正で透明性がある納得性の得られる人事評価制度を導入し、運用することでスタッフの企業へのエンゲージメント(貢献度)が高まります。評価の項目や基準が明らかで、成果が適切に昇給や昇進に結び付くことが分かれば、スタッフは納得して目標や業務の達成に励むと考えます。人事評価制度はスタッフの成長を促す重要な役目も担っています。

 

《人事制度の必要性》
今回は、人事制度の必要性について、具体的に考えてみます。
人事制度といえば、等級制度、人事評価制度、賃金制度が考えられますが、採用計画、教育制度、配置転換のルール、表彰制度、退職金制度等も併せて考えていく必要があります。

人事制度を構築する上で重要なポイントは、シンプルな制度にして柔軟に運用できること、管理職の育成に繋がること、法人理念や戦略をスタッフに意識付けが出来ることだと思います。
また、人事制度をうまく機能させるためには 仕組みの問題と使う人の問題の双方を解決する必要があります。
例えば、仕組みの問題では、①スタッフに求める役割・能力等が曖昧、②評価基準が曖昧で 公平な評価になっていない、③評価と処遇が結びついておらず 職員の貢献に報いていない等を挙げることが出来ます。一方、人の問題では、①スタッフが制度の目的と使い方を 正しく理解できていない、②評価者によって評価に差があり 部下が不満を持っている、③評価してもやりっぱなしで その後の育成に繋げていない等があります。
こうした課題や問題点をしっかり認識し、それを解決するためのツールとしての制度設計が重要なのです。

 

《等級制度》
雄蕊の関与する企業では、今回、役割等級制度の導入を検討しています。
役割等級制度とは、経営目標を達成するためにスタッフが果たすべき役割を明確にし、役割に等級を持たせる制度です。1980年代頃のアメリカでスタートした制度であり、職務の定義ではなく、ミッションの定義を重視する等級制度です。職務等級制度よりも緩やかに定義するという違いがあります。職務内容というよりも、役割を果たすためにとるべきアクションをシンプルに定義します。
役割の内容に応じて処遇を決定しますが、役割等級制度は厳密な定義や定型が存在していないので、各企業が自社に見合う役割定義を設定しなくてはならないのが注意点です。

 

《役割等級基準》
役割等級とは、定義された役割を基準にスタッフを階層分けするもので、例示すると以下の表のようになります。

等級 階層 職位 主な役割
6等級 幹部 部長 戦略策定
5等級 管理職 課長 戦術策定
4等級 監督職 係長 戦術推進
3等級 監督職・一般職 主任 業務の品質向上
2等級 一般職 一般職 通常業務実行
1等級     通常業務実行

この表は、ざっくりとした役割を示したに過ぎませんが、「役割等級基準書」により、詳細な役割定義を行い、等級・階層・職位ごとの役割を明確にすることで、各等級に属するスタッフが、それぞれの役割をしっかり認識することができ、実行に移せると考えます。
決めたことがすぐ実行されない組織は、こうした各自の職位に見合った役割が明確になっていないため、誰も「当事者意識」を持たず、多くのスタッフが、受動的な行動になっているからだと思います。

 

《人事評価制度》
人事評価とは、一定期間のスタッフの業務遂行度や取り組み姿勢、または能力の高さを日常の職務行動を通じて観察し、分析・判定することです。
具体的には、①業務遂行度、②取り組み姿勢、③能力、すなわち、業績・態度・能力評価の3つを「日常の職務行動を通じて観察」することにより評価します。
人事評価は、職務に関する要素(業績・態度・能力)を職務に対して評価するものであり、対象者の人間性や人物像を測ったり、描いたりするものではありません。その人の、ある一側面を判定するだけであり、それが高いから優れた人間であるとか、低いから劣っているわけではないのです。このことは評価者・被評価者双方とも肝に銘じておく必要があると思います。
人事評価を行う目的は、昇給や賞与の査定のためではありません。人事評価制度には、次のような重要な目的があります。
① 評価基準を明示することによって、期待成果や期待行動を社員に理解させる
② 適切に評価することによって、成長や行動革新のための方向性を社員に伝える
③ 適切な評価に沿った処遇を行うことによって、社員のモチベーションを高める
④ 評価結果のフィードバックを通じて、上司と部下とのコミュニケーションを図る
これらが人事評価の本来の目的なのです。

企業によって、その目的は様々だと思います。期待する成果や期待する行動を徹底したい企業であれば、経営計画や経営理念、行動指針といった企業の根本指針を軸に人事評価基準を整備しなければなりません。また、上司と部下のコミュニケーションを重視する企業の場合は、フィードバックに関するルール整備や評価者訓練、事後調査などに注力する必要があります。まずは、自社が人事評価を行う目的をどこに置くか、を明確にすることが重要です。

雄蕊が、現在取り組んでいる人事評価制度は、組織運営上の課題や人間関係の問題解決のためのマネジメントツールとして活用することを目的にしています。

長時間に亘る会議を繰り返し、ああでもない、こうでもないと場当たり的な議論を重ねても何も決まらないし、よしんば何かが決まったとしても何も起こらない、実行されない。

こんなことは、この企業だけでなく「中小企業アルアル」の1つだと思っていますが、これでは強い組織にはなれません。強い組織を作るために、組織としての戦略共有をし、それを人事制度に盛り込むことで実行・推進する仕組みを作ることが非常に重要だと考えています。そういう仕組みを作るために、役割等級基準によって、職員一人ひとりの役割と責任を整理することが最も効果的だと思っているのです。

 

《人事制度の運用》
このブログの前半で、人事制度をうまく機能させるためには 仕組みの問題と使う人の問題の双方を解決する必要があるとお伝えしました。
雄蕊がお付き合いしている金融系のコンサルティングファームの担当者に、人事制度の見直しの件を伝えたら、今はそのタイミングではない。どんなにいい制度を作っても現場に運用できる人材がいないでしょという言葉が返ってきました。仰るとおりなのです。しかし、一方で日々現場では、コミュニケーション不足から生じる課題がいくつも発生しています。場当たり的な指導はできても、それは対処療法でしかないのです。根本的な改善を進めるためには、コミュニケーションが円滑に進むためのルールを整備し、その内容を評価項目に盛り込むことでスタッフに意識付けすることが必要だと考えているので、今回の制度見直しは何が何でも実施するつもりです。
制度を運用する人材の育成にも併せて取り組んでいますが、キーパーソンとなる経営幹部の意識改革も一筋縄ではいきません。現場業務が多忙ななか、なんとか時間を捻出させ、意見の対立を繰り返しながらでも、折角作った人事制度が「絵に描いた餅(もち)」に終わらないよう意識付けしたいと思っています。

 

《魂の込められた人事制度》
最後に魂の込められた人事制度について考えてみます。
「仏作って魂入れず」という諺があります。仏像を作っても、作った者が魂を入れなければ、単なる木や石と同じであることから転じて、物事は仕上げが最も重要であり、それが欠けたときは作った努力も無駄になるということです。
時間をかけて一生懸命に人事制度を作ったけれど、意図したようには機能しない懸念があります。その大きな理由の一つは「仏作って魂入れず」だからだと思います。形ある仏像はいわば人事制度であり、魂は無形の「企業理念、ビジョン、戦略」です。
仏像に魂を入れることを「開眼」と言い、実際に最後に眼(め)を描き入れて開眼の儀式を行うそうです。「仏作って眼(まなこ)を入れず」「仏作っても開眼せねば木の切れも同然」という諺もあります。
人事制度も、いくら一生懸命に作っても、自社の魂が込められていなければ機能しません。

「仏」(仏像)に当たる人事制度は、評価制度、賃金制度等、個々の制度で構成されています。それらは独立したものではなく、有機的に連動して機能するものであり、各制度が整合性を持ち、連動して運用されなければならないものなのです。
人事制度に入れる「魂」とは、企業理念、ビジョン、経営戦略です。
経営戦略を実現するためのマネジメントツールが人事制度です。その人事制度に、魂が込められていなければ目的どおりに機能するわけがありません。そう考えると「仏作って→魂を入れる」のではなく「魂があって→仏を作る」という順序になるのかもしれません。
人事制度は自社の企業理念、ビジョン、戦略を実現するためのものですから、他社で機能している人事制度をそのまま真似して導入しても十分には機能しません。100社あれば100通りの人事制度が求められるのです。
魂の入った人事制度を作るためのポイントは①魂を明確にする、②組織全体を巻き込んで作る、の2つです。
「魂を明確にする」とは、企業理念、経営ビジョン、経営戦略等を具体的な言葉に落とし込んで明確にし、経営戦略を実現するための人材像(必要な知識、スキル、経験等)を具体化し、その人材像を育成するための教育制度を具体的に考え、知識、スキル、行動、成果を評価する制度を作り、評価した各項目をどのように給与に反映させるかという処遇制度を設計することです。
「組織全体を巻き込んで作る」とは、各部門、各階層のスタッフの声を聞き、組織全体を巻き込んで制度を作ることです。そうすれば、人事制度に対して「自分たちの意見、現場の実態が反映された、自分たちが関与して作った」と納得性が得られ、機能しやすくなるのではないでしょうか。
時間と手間はかかりますが、経営戦略を実現するための「魂」の入った人事制度を作り、運用するには、不可欠だと考えます。

投稿者プロフィール

矢野 覚
矢野 覚
LINK財務経営研究所 代表 
1982年 4月 国民金融公庫入庫
1993年 4月 公益法人日本生産性本部経営コンサルタント養成講座派遣
2015年 3月 株式会社日本政策金融公庫退職
2015年10月 株式会社山口経営サポート(認定支援機関)入社
2019年12月 同社 退社
2020年 2月 LINK財務経営研究所 設立
2022年 5月 健康経営アドバイザー
2022年 7月 ドリームゲートアドバイザー
中小企業金融の現場で、33年間、政府系金融機関の担当者~支店長として事業資金融資の審査(与信判断)や企業再生支援、債権回収業務に従事するとともにそれに関する稟議書の起案・決裁に携わっていました。
その後、中小企業の財務責任者として資金調達、経営改善業務をお手伝いさせていただき、短期間で赤字体質の中小企業を黒字体質に改善するコトができました。
こうした経験を活かして、「財務の力でヒトとカイシャを元気にする」ために、小規模事業者・中小企業の皆さまのお役に立ちたいと考えています。

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