第104回 経営戦略を物語(ストーリー)にして語る

中小企業経営

「こんにちは、かんれき財務経営研究所の雄蕊覚蔵です!」
第104回は「経営戦略を物語(ストーリー)にして語る」と題して、経営戦略を物語(ストーリー)に落とし込み、従業員等のステークホルダーに分かりやすくコミットするための戦略物語(ストーリー)の作り方について考えてみます。

 

分かりやすい話にはストーリーがある
業績急拡大中のある企業。その企業は、今から20年ほど前に個人事業として創業し、その5年後に法人成り、現在、正社員は20名程度、資本金も20百万円の中小企業ですが、年商10億円を超す勢いで、急成長・急拡大しています。
年商10億円といってもそんなに驚かない方が多いと思いますが、3年前には年商3億円だった企業が、今の時代に、短期間で成長・拡大を続けていることは称賛に値すると思っています。
その企業の経営者(社長)の方に、何故、この時期にこんなに業績を伸ばすことができているのか聞いてみました。
創業時からの夢の実現に向けた拡大戦略は5年ほど前にスタート、人財を最優先に確保して、その2年後に事業拡大に必要な大型設備投資を実施、こうした先行投資を優先した結果、その後の2期は大幅な赤字を計上しましたが、3年目には黒字回復。今期は目標であった年商10億円に手が届きそうな勢い、相応の利益も見込めるとのことです。
この経営者から聞かせて貰った拡大戦略には、ストーリーがありました。経営者が、自身の頭と言葉で作りあげた筋書に沿って、自信を持って説明してくれたので、話に流れと一貫性があって、とても分かりやすい説明でした。こんな迫力のある戦略ストーリーがあれば、従業員の納得性も得られ、企業としての急成長・急拡大も肯けると腹落ちしました。

また、ある企業の業務推進アドバイザーの方から、その企業のスタッフとの不平・不満や経営方針に関する質問等を聞く機会を儲けて、スタッフから出た様々な疑問等に対してこんな風に応えたという内容を教えて貰いました。スタッフに伝えた内容は、その企業のあるべき姿、方向性等を立板に水の如く、スラスラと分かりやすく、その明快さに舌を巻きました。一緒に聞いていたその企業の管理者も分かりやすい説明で、手に取るようによく分ったと感想を漏らしていました。

このブログでも何度かお伝えしているように、人は感情の生き物であり、変化を極端に嫌う性質もあるので、理論や理屈だけではなかなか動きません。動いて貰うためには、感情に訴えなければならないのです。
改めて感情に訴えるには、物語(ストーリー)にして、語りかけることが効果的だと思い知らされた次第です。

お二人の話を伺っているうちに、10年ほど前に読んだ一橋大学大学院経営管理研究科教授 楠木 建(くすのき けん)氏により2010年に発表された30万部を超えるロングセラー著書『ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 』(東洋経済新報社)が頭に浮かんできました。
発売から10年以上経った現在でも、この本を題材にした解説記事はネット上にも溢れています。この本を参考にさせて頂きながら、現場で実際に経験した視点も交えて、かんれき財務経営研究所なりの戦略ストーリーの組み立て方等について考えてみることにします。

 

物語仕立てにする戦略策定のポイント
戦略の本質は「競合他社に対する違い(差別化ポイント)をつくって、それらを繋げて、組み合わせて、相互に作用させる」ことです。企業が持つ武器の個別の違いをバラバラに打ち出すだけでは機能しないので、交互作用による効果を得るために戦略として一貫性のある物語にまとめなければなりません。
戦略を印象に残るような物語仕立てにするポイントについて考えてみます。

戦略はエンディング=ゴールから作っていくことが大切です。コンセプト(目的)と競争優位(目標)を示したうえで「企業の将来のあるべき姿」を明確に設定することで、ストーリーとしての「一貫性」が確保されるだけでなく、受け手側もそれぞれが自分なりに「企業の将来のあるべき姿」をイメージしながら、抵抗感なく戦略を理解することができます。

どんな戦略を立てても、それが全スタッフ等に受け入れられることはありません。しかし、人間の本性は変わらないので、あまりにも独創的なエッジの効いた戦略では機能しません。
人が人を相手に事業を展開する以上、あくまで「普通の人々」を対象にしたものでなければなりません。

最悪のシナリオも想定しておくことが大切です。「そうなるだろう」という希望的観測と「本当にそうなる」という地に足のついた実現可能性を区別しなければなりません。立案した戦略がすべて上手くいくとは限らないからです。
悲観主義で論理を詰めることで、最悪シナリオに陥った時の次の打ち手も併せて検討しておくことができるので、そうなったときに素早く対応できます。

「流れ」や「動き」という打ち手の時間的な展開。つまり、時間軸で考えておくことも大切です。
戦略の実行順序にこだわって練り上げることで、これまでよりも大きな負担を強いられることはないと従業員に納得して貰いやすくなります。言い換えると、従業員の「変化することへの抵抗感」を軽減することができるのです。

戦略は、必ずその企業の過去の状況や歴史と結びついていなければなりません。「これから」と「これまで」がきちんと繋がっていることで現実味を増すのです。過去・現在・未来の連続性をよくよく考えてストーリーにすることで誰が聞いても実行可能な戦略として納得感が得られやすくなります。キーワードは「歴史に感謝し、未来に責任を負う」ことです。

「失敗は成功のもと」。企業文化として「失敗を避けようとしない文化」を根付かせることが必要です。失敗を避けようとすると大胆な戦略に踏み込めません。始めから失敗は付きものと覚悟を決めなければなりません。失敗に気付くのが遅くなればなるほどリカバリーが難しくなります。大切なことは、致命傷にならないように「早く」「小さく」「はっきりと」失敗することです。

すべてが合理的な要素で組み立てられた戦略は、一見すると文句のつけようのないものと見えるので、一時的には競争優位に立てるかもしれませんが、完璧かつ合理的であるため遅かれ早かれ競合他社に模倣される危険性があります。
自社の持つ武器に部分的には非合理な面があっても、それを全体合理性に転嫁させる、ある意味、奇をてらった構想を戦略の中に盛り込むことで競合他社に模倣させない戦略になります。また、思いも寄らない展開が盛り込まれることが面白さに繋がり、従業員の興味を引くことができます。
業界のプロや専門家が聞けば「あり得ない」と思う「非常識なこと」でも、ストーリー全体の文脈に置いてみれば、一貫性と独自の競争優位の源泉となっていることが重要なのです。
そのためには「常識を疑うこと=常識の背後にある論理を突き詰めること」と「『何故』の積み重ねを大切にすること」を常に念頭に置かなければなりません。

優れた物語が描かれていれば、競合他社が物語全体を簡単に模倣することはできません。模倣の脅威はそれほど大きくなくなり、防御的な構えを取らずに競合他社に対してもオープンに構えることができます。
戦略に自信を持てるストーリーにするためには、自分の頭を使って、自分の言葉で、ストーリーの原型をつくることが大切です。その後に、試行錯誤を重ねながらストーリーがより強く、太く、長くなるように磨きをかけていけば良いのです。

戦略に落とし込むには、個別具体的な事象を抽象化する必要があります。抽象化というと、物事を曖昧にすると捉えるかもしれません。しかしそうではなく、抽象化には共通の要素を見つけてひとつの概念にまとめるという特徴があるのです。
howではなく、その背後にどういう論理があるのか、whyで考えることが大切です。
具体的事象の背後にある論理を汲み取って抽象化することで、本質を掴み、汎用性を持たせることができます。汎用的な論理であれば、それを自分の文脈で具体化することで、ストーリーに応用できるのです。

戦略の神髄は思わず人に話したくなるような面白いストーリーにあります。
つまり、戦略を構成する要素がかみ合って、全体としてゴールに向かって動いていくイメージが見えてくる、全体の動きと流れが生き生きと浮かび上がってくることが、戦略を物語仕立てにするための最も重要なポイントなのです。

 

物語の組み立て方
誰もがワクワク、ドキドキするような戦略ストーリーを練り上げていくための物語の組み立て方について考えてみます。
優れた戦略には、面白く生き生きとした切れ目ない一連の流れがあります。面白いためには「その手があったか!」と思わず口に出したくなるような仕掛けも必要。言い換えると、賢者の盲点を突くような一見すると非合理的だけれども、実は合理的に考え抜かれた打ち手が含まれていることです。こうした要素を盛り込みながら、当事者がついつい誰かに熱い気持ちで話したくなるような、夢中にさせる物語に練り上げていくのです。
一連の流れとしてストーリー展開している戦略には、他人へ語りたくなる要素が数多く盛り込まれています。
具体的には、以下のような疑問に対する答えが盛り込まれているということです。
① 企業として目指すゴールは何処なのか、何故、そのゴールを目指すのか
② ゴールに辿り着くために必要な自社の持つ武器(強み、他者との差別ポイント)は何か
③ どのような武器をどのように繋げて、誰をターゲットにして、何を提供するのか
④ 競合他社との違いは何処にあるのか
⑤ 実現するための組織体制、人員配置、オペレーションはどうするのか
⑥ こうした事業ポートフォリオを構成することで、利益の最大化が図れるのか
戦略の明確な根拠が示され、従業員一人ひとりがその根拠を理解して、いつでも代弁できる状態まで練り上げていくことが大切なのです。
そのためには、個別の「違い」を流れと動きをもったストーリーに「繋げる」こと、因果関係をはっきりさせることが必要です。
ゴールに向かう「コンセプト」「構成要素」「独自性」「因果関係」を一連の流れとして構成することが重要なのです。

物語は起承転結で構成されていますが、戦略ストーリーは次の5つで「C」で表すことができます。
① 競争優位(Competitive Advantage)利益創出の最終的な論理。起承転結の
② コンセプト(Concept)本質的な顧客価値の定義。起承転結の
③ 構成要素(Components)競合他社との違い。起承転結の
④ クリティカル・コア(Critical Core)独自性と一貫性の源泉となる中核的な構成要素。起承転結の
⑤ 一貫性(Consistency)構成要素をつなぐ因果論理。ストーリーの評価基準

競争優位の源泉
「利益」を戦略のゴールに設定したときの競争優位の源泉は「業界の競争構造」と「戦略」の2つになります。
つまり、1つ目は利益を出しやすい業界と利益を出しにくい業界があるということを理解することです。それは業界特性によって対応が変わってくるからです。2つ目として、利益が出しやすいのか出しにくいかを理解したうえで、どのように「競合他社との違い」を打ち出すかを考えなければなりません。これが競争優位を生み出すための「戦略」です。
簡単にいえば「違い」は「顧客が価値を認める付加価値を重視した商品やサービスを提供して儲けるか」、「徹底的なコスト管理により競合他社よりも低価格・低料金で提供して儲けるか」のいずれかを選択するしかないと思います。

コンセプト
コンセプトとは「顧客に対する提供価値の本質を一言で表現した言葉」であり、優れたコンセプトを構想するためには、常に「誰に」と「何を」の組み合わせを考えることが大切です。
筋のしっかりしたストーリーにするためには、コンセプトと因果論理で繋がらない構成要素は意識的に切り捨てることが大切です。実際にやろうとすると難しいことですが、思い切って「切り捨てること」ができるか否かがポイントになるのです。

「違い」のつくり方
「違い」には、
種類の違い(Strategic Positioning)
程度の違い(Organizational Capability)
の2つのタイプがあり、前者はポジショニング(以下、SP)、後者は組織能力(以下、OC)のことを指します。
SPは「他社と違ったことをすること」であり、OCは「他社が簡単にまねできないやり方(ルーティン)をすること」と言えます。
SPの戦略の本質は「いかに競争圧力を回避するか」という思想であるのに対し、OCは競争圧力を受け入れ、それに対抗しようとする戦略です。

クリティカル・コア
戦略ストーリーの中で最も重要なのが「クリティカル・コア」で、ストーリーの優劣を決めるカギであり、ドラマで言うところのクライマックスです。
クリティカル・コアの定義は「戦略ストーリーの一貫性の基礎となり、持続的な競争優位の源泉となる中核的な構成要素」で、これを満たすために必要な条件は以下の2つです。
1 他の様々な構成要素と同時に多くの繋がりをもっている
2 一見して非合理に見える
このように「一見して非合理だが、ストーリー全体の文脈に位置づけると強力な合理性を持っている」という二面性にこそ、クリティカル・コアの本質があるのです。
「まねできない」のではなく、「まねしようと思わない」ような「違い」をつくることが重要です。

 

戦略物語(ストーリー)は組織や人を動かすためのエンジン
なかなか馴染みにくい経営戦略も物語にすることで、ストーリーの面白さにより従業員も身近なものとして捉えることができるので、組織や人を動かすためのエンジンになります。
それは、物語の中で、実行を担う従業員がどの場面のどういう役割を任されており、他の部署や従業員とどう連携して、成果にどう繋げていくのかという物語の全体像と流れが掴めれば、戦略の実行に積極的に寄与することができると考えるからです。
経営戦略を策定する立場の経営者や経営陣だけではなく、実行を担う従業員も、企業としての目的やその理由、誰に対して何をどう提供していくのかがはっきり理解できるような面白い物語として示すことで、多くの納得感を得ることができ、従業員エンゲージメントやモチベーションを高めて、積極的に動いてくれると思っています。

 

戦略物語(ストーリー)の本質は「自利利他の精神」
今回、この記事のベースにさせていただいた書籍『ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 』の「第7章 戦略ストーリーの骨法10カ条」のなかで、著者の楠木 建氏は次のように述べておられます。

戦略ストーリーにとって一番大切なこと、それはストーリーの根底に抜き差しならない切実なものがあるということです。
(中略)
それは「自分以外の誰かのためになる」ということだと思います。

やはり本質となるキーワードは「自利利他の精神」
経営者自身や自社の利益だけを求めていては、決して長続きはしません。
「世のため、人のため」という強い「信念」があってこそ、何十年も続く企業として成立するのだと思います。

経営者や経営陣の方は、ステークホルダーから支持し続けられる持続可能な経営に向けた戦略物語(ストーリー)に取り組んでみられては如何でしょうか。

投稿者プロフィール

矢野 覚
矢野 覚
LINK財務経営研究所 代表 
1982年 4月 国民金融公庫入庫
1993年 4月 公益法人日本生産性本部経営コンサルタント養成講座派遣
2015年 3月 株式会社日本政策金融公庫退職
2015年10月 株式会社山口経営サポート(認定支援機関)入社
2019年12月 同社 退社
2020年 2月 LINK財務経営研究所 設立
2022年 5月 健康経営アドバイザー
2022年 7月 ドリームゲートアドバイザー
中小企業金融の現場で、33年間、政府系金融機関の担当者~支店長として事業資金融資の審査(与信判断)や企業再生支援、債権回収業務に従事するとともにそれに関する稟議書の起案・決裁に携わっていました。
その後、中小企業の財務責任者として資金調達、経営改善業務をお手伝いさせていただき、短期間で赤字体質の中小企業を黒字体質に改善するコトができました。
こうした経験を活かして、「財務の力でヒトとカイシャを元気にする」ために、小規模事業者・中小企業の皆さまのお役に立ちたいと考えています。

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