第95回 稼ぐ経営者の「経営センス」

中小企業経営

「こんにちは、かんれき財務経営研究所の雄蕊覚蔵です!」第95回は「稼ぐ経営者の「経営センス」」と題して、経営センスについて考えてみようと思います。

 

中小企業経営の現場で経営者や経営幹部の方と経営の在り方や組織運営について会議をしても、意見が噛み合わないことがしばしばあります。
自社の抱える課題に対する共通認識はあるものの、その課題解決に動かなかったり、動いたとしても時間がかかり過ぎて現場では新しい課題が発生して更に悪化していたり、経営者や経営幹部の方が持つ危機感や当事者意識の間に随分ギャップがあるなと感じることがあります。
どうしてこんなギャップが生まれるのだろうかと考えたときに、経営者や経営幹部の「経営センス」の有無に関係するのではないかという疑問を持つようになりました。
そこで、今回は「経営センス」という観点から深掘りして考えてみます。

 

センスがある経営者とそうでない経営者では何が違うのか
「経営者」の役割は、法人を代表する経営者や役員として事業の集合体である企業という器を経営するだけの概念ではなく、リアルな事業の現場で「自社に属する事業全体を掌握し、組織や人を動かして成果を出し、その責任を負う」ことです。その役割が果たせる経営者が「センスのある経営者」だと思います。
金融機関勤務時代には、「儲かっている会社」つまり「利益を出し続けている会社」の社長は経営センスのある経営者だと評価していました。そういった会社の社長と話をすると「ブレない軸」をしっかりと持っており、立て板に水の如く自社の事業内容について数字も交えながら詳細に説明をしてくれます。融資判断をするために必要な情報を網羅して教えてくれるので、稟議書の作成もスムーズに進めることができました。

一方、赤字の続いている会社の社長に赤字の原因を追及すると「景気が悪いから」とか「日本の政治が悪いから」といった自社に原因を求めるのではなく、他責のコメントが多かったように記憶しています。
その話を聞きながら、「景気や政治の善し悪しに拘わらず、同じ外部環境の中でも黒字企業は数多くある。もっと自社に目を向けて赤字の原因を探ることができなければ、景気がよくなったり、政治が良くなったりするまで赤字を続けることになり、黒字化する前に倒産する可能性が高い」と思ったものです。
ただ、経営センスの有無を一概に経営する会社が儲かっているかどうかだけで判断していいのかとも思いましたが、センスは可視化できないので「見える、示せる、測れる」ものに置き換えて判断するしかなかったなというのがホンネです。

 

経営センスとは
では、経営センスとはどういう意味なのでしょうか。「経営センスがある」とは「論理を体系化して考える思考力があること」だと考えます。
経営者は、ピンチの時にも、普通では考えられないようなアイデアや打ち手を思いつき、的確な経営判断を感覚的に下して、それを実行できる能力がなければ務まらないと思います。
ピンチの時でもそれをチャンスに変えることができる思考力と意思決定したことを組織や人を動かして実現させる実践力が必要なのです。
「的確な意思決定を下す能力」があれば、当然経営の質も上がっていくので、外部環境に左右されず、どんな環境下にあっても長期利益を確保できるのだと思います。

この「経営センスがある経営者」は、生まれつき人とは違う特殊な感覚を持っているのかといえば、そうではないと断言できます。
金融機関時代に数多くの経営者の方からお話しをお聞きましたが、的確な経営判断を基に黒字を続けている経営者に、そんな「特殊な感覚」で経営上の重大な意思決定をしていたという印象はありませんでした。ただ、あらためて振り返ると、こうした結果を出している経営者の共通点は、日々「正しい判断をするために死ぬほど考えていた」のではないでしょうか。
こうした成功している経営者は、普段から考える習慣が身についているため、頭の中にさまざまな思考パターンが出来上がっており、状況に応じて瞬時に正しい答えに辿り付けるのだと思います。
直感や閃きもありますが、これらも思考を尽くしたからこそ最後に感じ取れるものであり、思考のなかからくみ取れるものです。
結局、行動の質を上げるのは思考力です。しっかり考えて「意味のある」行動をとらなければ成果を得ることが出来ません。「センスがある」ということは「思考力がある」と同義語だと言えます。

 

センスのある経営者の共通点
センスがある経営者にはいくつかの共通点があります。これまで数多くの経営者とお会いした経験や国立大学法人 一橋大学大学院経営管理研究科 国際企業戦略専攻の楠木建教授の書籍やWEB上のコラム等も参考にさせていただきながらとりまとめてみます。

① 分析判断よりも総合判断を重んじる
ドイツの哲学者カントは人間の判断を分析判断と総合判断の2種類に分類しています。
分析判断とは、は述語の概念がすでに主語の概念の中に含まれている判断であり、総合判断は述語の概念が主語の中に含まれていない判断です。

分析判断と総合判断の違い
分析判断:「すべての物体は延長している」(物体という概念はもともと延長しているものという意味を持っている)
総合判断:「すべての物体は重い」(物体という概念には重さということは含まれていない)
分析判断は判断としては正しいが、主語概念を分析解明してこれをその中においてすでに思惟されていた部分概念に分けるにすぎず、何等われわれの認識を拡張させるものではない。それ故、学問的認識にとって重要な意味を持つのは総合判断のみである。この点からカントは分析判断を解明判断、総合判断を拡張判断と名付けている。

センスのある経営者は、事象・物事の全体を俯瞰的(ふかんてき)に捉えるだけでなく、さらに時間軸も加えて総合的に判断しています。
なぜそうなったのか(過去)、もっと良くしていく(未来)には今どうしたほうがいいのか(現在)等、過去・現在・未来の時間軸まで幅を広げて本質を見極めたうえで判断しているのです。それが「総合の力」による総合判断だといえます。

② 事業の断捨離=何をしないかを決断できる
経営者が事業の断捨離をすることで、自社の保有する経営資源をより有効に活用して効果的かつ効率的な経営ができるようになります。
経営の基本は、競合他社との差別化を図ること、つまり自社のポジショニングを明確にすることです。
この差別化を図るには、自社の持つ経営資源の強み(武器)を活かし、弱みを思い切って捨象することが必要です。軸足のしっかりした事業領域を持つ企業は「何をしないか」が明確です。「何をやらないか」を決めることは「何をやるか選択する」ことと同じです。顧客等に対してはっきりとした自社の事業領域(得意分野)を打ち出すことが重要なのです。

③ 直列思考で考える
直列思考は、簡単にいえば「時間軸」で考えることだと認識しています。総合判断でも述べましたが、時間的な奥行きを持って考えることこそが重要なセンスの要素なのです。
経営者の信念や経営理念にある「将来の自社の目指す姿」の実現のために、先の先まで読んで到達するまでの道筋(ロードマップ)を描くことだと思います。そのためには、全体観と段取りも一点突破を重ねていく粘り強さも必要なのです。それには、常に全力を尽くさないと間に合いません。なにより失敗は許されないのです。

④ 抽象的思考と具体的思考の往復運動ができる
抽象的思考とは、複数の物事の共通点を見つけ、ひとつにまとめる思考法です。一方、具体的思考とは、頭の中で描いているイメージを、具体的に、明確にする思考法ことです。
この抽象的思考力と具体的思考力は、車の両輪です。一方が欠けたり過剰になったりすれば、真価を発揮できません。抽象的思考に偏ると、机上の空論や理想論しか生まれず、現実的な成果を得られませんし、具体的思考だけでは物事をパターン化・一般化できないため、知的生産が低い水準に留まってしまいます。
経営センスがある経営者は、どんな具体的な事象に直面しても「要するにこういうことだよな」といったん抽象化して論理的に考えることができます。この論理の引き出しが非常に充実しているのです。問題に直面すると、「要するに」の引き出しを開け閉めして、問題の本質を突き詰めることができます。そのため、どんな問題に直面しても具体的なアクションを起こすことができますし、意思決定が早くてブレがないのです。

⑤ 「インサイド・アウト」思考である
インサイド・アウトとは、スティーブン.R.コヴィー博士の大ベストセラー書籍『7つの習慣』の中で、中核となる考え方として書かれている言葉です。
その本では、インサイド・アウトを「自分の外部に原因や責任を求めるのではなく、自分の内面にあるものを変えることで、外にあるものを良くしていくこと」と説明しています。
また、コヴィー博士は、インサイド・アウトの考え方を「問題が自分の外にあると考えるならば、その考え方こそが問題である」という表現で示しています。
物事に何か問題が生じた時、上手くいかない原因を環境や他人のせいにしがちです。しかし、ほとんどの場合、原因を他人や環境のせいにしても現状は改善しません。問題の原因が自分にあると考え、自分自身の内面や言動を変えることで、現状を改善することが「インサイド・アウト思考」なのです。言い換えると「他責」ではなく「自責」の視点で考えるということです。
経営センスのある経営者は、自分に問いかけ、自分で決めていく。センスのない人は、何か物事を考えるときにどこかに何かいい解があって、それを拾ってくるといい戦略ができると思い込んでいます。

⑥ ハンズオフとハンズオンの仕分けができる
センスのある経営をしている企業は、権限委譲を進めて、意思決定の一部は部下に任せています。しかし、経営者は任せきりではなく、事業の現場がどういう状況で何が起こっていてどこに問題の本質があるのかを自分の頭と目と手と肌で掴んでいます。
属人的な運営ではなく、仕組みで動く組織体制がきちんと構築されていますが、経営者として把握するべきことはしっかり把握できている、そういう意味ではハンズオンという状態です。
優れた経営者は「自分がこの事業をしている!」という気構えや覚悟があり、責任を負っているので、事業を自分事として捉えています。だから基本的には、すべてハンズオンにしたくなるものなのです。それは、会社の所有権をもっているかどうかという形式的な問題ではなく、自分の事業に対してオーナーシップがあるからに他なりません。
しかし、365日24時間仕事に邁進するのが経営者だとしたら、そんなことは誰にもできません。すべての仕事を1人で抱えてもできる訳がないのですから、それをこなすために、誰にどういう仕事を任せてハンズオフにするか、どこまでをハンズオンにするかを決めなければなりません。その仕事の仕分けに経営者のセンスが出るのです。

 

経営センスの磨き方
ではどうすれば、「経営センス」を身につけたり、そのレベルを高めたりすることができるのでしょうか?
まず、「思考のスピードを上げる訓練を積むこと」です。
ゆっくり考えていると考えなくてもいい余計なことまで考えてしまい、その結果、思考の森に迷い込んで結論が出せなくなってしまう可能性が高まります。
人間の本能として、人は安定を求める生き物であり基本的に変化を嫌います。だから、どうしても本能的に現状維持の方向に走ってしまい、変化を伴う新しいことへの挑戦には億劫になりがちです。ゆっくり考えていると、なにかに挑戦しようかどうか判断する場合に、いつの間にかそれを「やらない理由」ばかりを探し出してしまうのです。
成功している経営者=経営センスのある経営者は、「思考のスピードの重要性」を経験則的あるいは本能的に身につけているので、スピードを上げて考えて結論を出しています。ゆっくり考えると、思考の森に迷い込んで結論を導くことができなくなるリスクを分かっているのです。
「深く考える、熟考する≠ゆっくり考える」なのです。
普段から意識してスピードを上げて考えることを続けていると、思考の質、決断の質も上がっていくものです。「頭がいい人=頭の回転が速い人」という言葉がありますが、頭がいいから頭が速く回転するのではなく、頭を速く回転させることによって「頭がいい」という状態になれるのです。
決断が遅い経営者は、考えているのではなく迷っているだけで、ただ決めきれないだけなのです。何も考えない人はいませんので経営センスのない経営者は考えられないのではなく、考えるスピードが遅いということです。

もう1つは、「経営すること、あるいは経営の疑似体験を積むこと」です。
楠木教授のコラムには、「経営センスを育てる確立された方法はありません。経営センスは、先天的に身についているものではなく、後天的に身につくものですが、従来のスキル的な育成が成立しない世界なのです。つまり、「育てられない」けど「育つ」ということですので、いかに「育つ」土壌を作っていくかということが個別の企業に求められます。 
どうやったらいいかという点で一番いいのは、商売まるごと全体を経営してみることです。疑似的な方法もあってもいいのですが、その直接経験を持つのが一番です。
メインバンク制が生きていたころの日本の銀行も、経営人材の輩出拠点でした。取引先の企業の調子が悪くなったりすると、そこで銀行から出て行って経営的な支援をする。そうなると事実上経営者となり、センスが育つようになります」というコラム記事(一部加筆修正)があります。

結論として、経営者は担当者とは違い、仕事の性質が全く異なるので、担当者がどんなに素晴らしいスキルを身につけて強力な担当者に育っても経営者にはなれないということです。
スキルは育てられるものに対してセンスは育てられないものです。担当者としてのスキルをいくら磨いてもそれだけでは経営センスは身につかないので、経営人財が育つ環境を企業の現場に作り、経営の経験を積ませていかなければならないのです。

 

経営はスピードが命
テクノロジーの急速な進化により、変化が激しく先が読めないVUCA時代です。今日のような変化の激しい時代で生き残るための最低条件は「スピード」です。未来に目を向け仮説を持ちながら主体的に動き、スピーディに意思決定できる企業や個人が、今後は生き残っていきます。
経営者や経営幹部が新しい考え方、思考パターンを取り入れてこれまでにない思考スピードで意思決定ができれば、事業をブレークスルーさせる切り口は必ず生み出せるものです。
「経営センス」を磨いて「強い企業」を作っていきましょう。

投稿者プロフィール

矢野 覚
矢野 覚
LINK財務経営研究所 代表 
1982年 4月 国民金融公庫入庫
1993年 4月 公益法人日本生産性本部経営コンサルタント養成講座派遣
2015年 3月 株式会社日本政策金融公庫退職
2015年10月 株式会社山口経営サポート(認定支援機関)入社
2019年12月 同社 退社
2020年 2月 LINK財務経営研究所 設立
2022年 5月 健康経営アドバイザー
2022年 7月 ドリームゲートアドバイザー
中小企業金融の現場で、33年間、政府系金融機関の担当者~支店長として事業資金融資の審査(与信判断)や企業再生支援、債権回収業務に従事するとともにそれに関する稟議書の起案・決裁に携わっていました。
その後、中小企業の財務責任者として資金調達、経営改善業務をお手伝いさせていただき、短期間で赤字体質の中小企業を黒字体質に改善するコトができました。
こうした経験を活かして、「財務の力でヒトとカイシャを元気にする」ために、小規模事業者・中小企業の皆さまのお役に立ちたいと考えています。

コメント

  1. 김희진 より:

    大好きな上司が、『早し良し、丁度良し危うし。』と仕事に取り組む姿勢を教えて下さいました。ブログの『経営はスピードが命』と読んで、やっぱり間違いないと確信できました。
    ありがとうございます。

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