第119回 デフレ経済からインフレ経済へ ~転換期の経営戦略~

中小企業経営

ようこそ!かんれき爺の資金繰りブログへ
かんれき財務経営研究所の雄蕊覚蔵です。

 

デフレ経済からインフレ経済へ
足元の物価動向をみると、2023年7月の消費者物価指数は、天候による変動が大きい生鮮食品を除いた指数が前年同月比で3.1%上昇しています。これで上昇率は11か月連続3%以上となりました。また、生鮮食品とエネルギーを除いたコアコアCPIは前年同月比で4.3%上昇しています。この状況をみると基調的な物価上昇圧力が高いと判断され、インフレ基調が今後、暫く続くであろうと推測されます。
バブル崩壊以降、これまで四半世紀近く、物価が上がらないデフレの時代が続いてきたので、本格的なインフレ局面を経験するのは、これが初めてという経営者は少なくないと考えられます。多くの経営者にとって未知の領域と言えるのではないでしょうか。

デフレ経済からインフレ経済への転換期の企業経営においては、これまでのデフレ時代のような企業内部でコストを吸収し続ける守りの経営では持続できなくなります。企業としては、物価が上がることを前提に増加分のコストを価格に転嫁し、新たな価値を顧客に訴求していくことが必要になります。
しかし、今回のインフレ局面の初期段階(2023年第1四半期)における企業行動をみると、1970年代後半のようにインフレ圧力を値上げ等による価格転嫁ではなく、企業努力で吸収する企業行動だったそうです。これはバブル崩壊以降のデフレ下の経営スタイルの延長線上にある行動です。これまで仮定してきた物価が上がらないという前提は変わりつつあるので、デフレ経済下の守りの経営スタイルからインフレ時代の攻めの経営スタイルに変えていく必要があります。

現在の企業の面前には、様々なコスト上昇要因が山積しています。これらの継続的なコスト上昇圧力に対して、デフレ時代のようなコスト削減に頼るだけでは限界があるので、企業としては、継続的に増えるコストを価格に転嫁していくことを考えなければならなくなりました。しかし、これまでこのブログでも取り上げたとおり、価格転嫁はそう簡単には実現しづらい状況にあることは間違いありません。
単に価格を引き上げるだけでは、顧客離れが起きる可能性が高いので、値上げの理由を顧客の納得が得られるように、丁寧に説明し、顧客に値上げを受け入れてもらうことが必要になります。その際のカギを握るのは、高付加価値化(新しい価値の付与)だと思います。
インフレ時代の企業には、付加価値の高い新しい商品・サービスを投入し、新たな市場を開拓して、より良いものを高い値段で売ることにより、売上と利益を増やしていく経営が求められます。

企業が持続的なインフレに打ち勝つには、成長投資といったリスクテイクを積極的に行い、新しい成長の芽を育てるしかありません。付加価値の源泉となる優秀な人材をどれだけ確保し、デジタル化、IT化といった新技術の導入をどれだけ早く進められるかが、企業の持続的な成長に不可欠な要素となるのではないでしょうか。

 

キーワードは高付加価値化と生産性向上
インフレ時代を生き抜く経営のキーワードは、高付加価値化と生産性向上だと思います。
付加価値とは
付加価値とは「素材を生産等によって加工することで新たに加えられた価値」のことです。
商品・サービスを作る際に必要な原材料費、人件費、減価償却費等の経費に利益を上乗せして価格を決定します。付加価値を付与することで高い値付けができるのです。
いろいろ付加価値について調べてみると、付加価値の要素には以下の3種類があるようです。
① 機能的価値
顧客が、商品・サービスを購入するのは、その商品が持つ機能によって顧客の課題が解決するからです。その「問題を解決するための機能そのもの」が機能的価値です。
例えば、技術・性能・効果・ノウハウ・情報・サポート・量・早い・軽い・使いやすいといった機能に関する価値が機能的価値です。
しかし、市場が成熟化した今では、最低限の機能だけでは満足されることはなく、より充実した機能、多機能、高性能、これまでにない新しい効果等が求められています。

こうした機能の追加にはコストがかかります。経営資源の乏しい中小企業ではカバーしきれないことも考えられます。そこでそれほどコストが増加しない付加価値として、次の2つの価値が重要視されています。
② 情緒的価値
顧客が、商品・サービスを利用することによって、生まれる感情が情緒的価値です。
例えば、共通点・イメージ・装飾・デザイン性・物語性・安心感・親近感・高級感・充実感・かっこいい・可愛い・面白い・好きといった感情に関する価値が情緒的価値です。

③ 自己表現的価値
顧客が、商品サービスを使うことによって、その体験がユーザーの自己表現、自己実現になるという価値です。つまり、「自分らしさ」の表現の助けになるという価値です。
例えば、「この人みたいになりたい」「この人みたいなライフスタイルを手に入れたい」といった自己実現に関する価値が自己表現的価値です。

付加価値を高めることの重要性
成熟化した現代社会においては、付加価値がなければ価格競争に陥ってしまいます。
価格競争に陥らないためには、自社の商品・サービスに付加価値を付与し、競合他社に対して優位性を持ち、差別化することで、顧客に自社の商品・サービスを選んで買って貰うことが必要になるのです。
高付加価値化が進めば、他社より高価格でも選んでもらえる可能性が高まり、価格を引き上げる機会を作ることができます。価格の上昇は、売上や利益の増加に直結します。

自社の武器を活かした高付加価値化
高付加価値化を進めていくためには、どの市場(戦場)で、自社の有するポテンシャル(武器)にどういう付加価値を付与して、どうやって戦っていくかを明確にすることがポイントになります。
① 新商品・新サービスの開発
自社にしかない商品・サービスを開発すれば、自社だけが有する付加価値を消費者に提供することができます。一方で、既存の商品・サービスにも、他社にない機能を付け加えることで新たな付加価値を産み出すことができます。

② 新市場開拓
新たな市場の開拓も付加価値を高める要素となります。
モノやサービスが溢れている時代の中で、新市場を開拓するのは極めて困難とも思えますが、多様化が進むなかで、潜在化している新たな顧客ニーズの掘り起こしを図る機会は大いに期待できます。中小企業の得意技である柔軟性・機動性を活かして、きめ細かく顧客ニーズを把握することにより、ニッチェな新市場開拓を進めることが可能になると思います。

付加価値の源泉は顧客ニーズ
一方で、「付加価値」とは、提供する商品・サービスが、顧客にとって「価値があるもの」であり、「顧客のニーズを充たすもの」でなければなりません。
重要なことは「どう付加価値を付け加えるのか。高付加価値化した商品・サービスをどのようにして消費者に訴求して購買に繋げ、使ってもらえるのか。いかにその商品・サービスの持つ価値、付加価値を感じてもらえるか」です。
提供する側にとっては付加価値のあるものだと思っていても、提供される側にとってはニーズに叶っていない余計なものだと思われる場合もあり得ます。
「付加価値をつける」とは、価値を上乗せして高価格になっても、顧客から選ばれて購入して貰えるようにするという考え方なので、自分本位に価値を上乗せしてコストをあげても、それは付加価値とはならないのです。
自分本位な価値を上乗せするのではなく、顧客にとって本当に「価値ある状態」にする必要があります。つまり、売り手側ではなく、顧客の視点で考える必要があるのです。

顧客ニーズにフォーカスした新商品・新サービスの企画・開発を進めるためには、マーケットイン型の発想が大切です。
マーケットイン型の発想とは、①なぜ買うのか、②本当にその商品や機能は使われるのか、③使われたら本当に役に立つのか、④どんなふうに役に立つのかを徹底的に突き詰めることです。
顧客ニーズを突き詰めるためには徹底した「調査・分析」を行わなければなりません。それは、ターゲットに設定している顧客層に直接意見を聞くことにより、その商品・サービスの提供を始めたら、消費者に本当に買って貰えるかを確認することです。
「顧客層から直接ニーズを聞く」「顧客層が何に困っているのかを知る」「顧客層が求めている機能は何かを確認する」「顧客層にとっての利便性(ベネフィット)は何かを確認する」といった調査・分析を徹底的に行い、その結果を商品・サービスの開発に反映させることが重要です。徹底した調査・分析を行わずに、自分本位の「思い込み」や「仮説」だけで開発した商品・サービスは高い確率で失敗します。

相対的価値の付与
顧客の視点から「付加価値」を考えた場合、顧客ニーズに沿った高機能化・多機能化といった絶対的な価値を商品やサービスに付加するだけではなく、顧客の置かれたシチュエーションによって生じる利便性(ベネフィット)にも目を向ける必要があります。
誰が、いつ、どこで、どんな目的で、その商品やサービスを買うのかによって、顧客にとっての利便性(ベネフィット)は変わってきます。
例えば、競合他社の有無、営業時間帯、ターゲットにしている顧客層等を明確にして、他社と差別化を図った利便性(ベネフィット)を提供することで、付加価値を高めることができます。この付加価値を「絶対的な付加価値」に対して「相対的な付加価値」と言います。
顧客にとっての利便性は何か、言い換えると顧客が求める相対的な付加価値は何かを把握するためには、前述したとおりターゲットとしている顧客の生の声をしっかり聞くこと等のきめ細かな「調査・分析」が重要なのです。

 

生産性の向上
日本では労働生産性の低さが問題視されています。労働生産性は付加価値と労働量の2つの要素から測定され、付加価値を高める対策を打つことが労働生産性の向上にもつながります。

生産性とは
企業にとっての生産性を簡単にいえば、投資したインプットに対して、得られるアウトプットの量の比率のことです。つまり、より少ないインプットでより多くのアウトプットを出すことができれば、生産性は高いと言えます。
概念的に説明すると、ある部署で20人のスタッフが働いて、100の利益を出した場合、スタッフ1人当たりの利益は5になります。同じ部署で10人のスタッフが働いて、同様に100の利益を出した場合、スタッフ1人当たりの利益は10になります。この場合、後者の方が1人あたりの生産性は高いといえるのです。同様に、80の投資をして150の利益を生んだとします。もし50の投資で100の利益を生むことができれば、生まれた利益は前者の方が高くても、生産性は後者の方が高いといえます。

生産性向上を図る上で企業が行うべきこと
① 適切な人材配置による人件費の削減
適切な人材配置とは、従業員一人ひとりのスキルや適正や本人の希望を考慮して、個々の人材が最も効果的に価値を生み出すことができるポジションに配置することです。
それぞれの業務において適性が高い従業員や意欲の高い従業員を割り当てることで生産性向上につながります。

② 業務の効率化
業務に無駄な部分がないか、省略できる部分がないかを突きつめ、不要な部分を削減することで、業務を効率化して生産性の向上を図ります。
業務の見直しを行うためには、まず業務の全体像や流れを正確に把握することが何より重要です。そのためには、その業務に関わる現場スタッフの参加が必須です。現場に関わるスタッフを交えたミーティングを持ち、各自がワークフローごとに感じている問題点を提出し、実際に効率を妨げているものは何かを洗い出していくことが重要なのです。
こうして抽出された問題点を基に業務プロセスを見直し、ムダを省いていくことが大切なのです。
特に売上に直接関係しない、人事・経理・会計・総務といった間接部門には、単純作業や自動化しやすい業務が多いため、機械やITツールの導入により、人手を必要とする業務を減らすことでコスト削減効果が期待できます。

③ 生産性を向上させるITツールの導入
生産性を向上させるために機械やITツールの導入も効果的です。これまで人の手が必要だった業務に、人の手がいらなくなるため、人材を他の業務に充てる時間が増加します。結果として、人材の有効活用にもつながります。
例えば、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の導入等です。パソコンでの事務作業を自動化することで、生産性が格段に向上します。
しかし、導入にはそれなりの費用や手間が必要となりますので、まずは身の丈に合った範囲での機械化・IT化を進める事が大切です。

④ 仕入価格・外注費用の削減とアウトソーシングの活用
商品・サービスやその原料の仕入価格を見直し、仕入価格の最適化を図ることが必要です。
また、外注している業務について内製化できないか、逆に、コア業務以外の業務(ノンコア業務)等を外注化できないか、外注先の活用(アウトソーシングの活用)についても見直すことでコスト削減や従業員の負担軽減につながります。

 

前々回のブログで、賃上げ財源の確保には、価格転嫁と生産性向上が必要だけれども、価格転嫁については簡単には進まないという意見を述べさせていただきました。
しかし、経営環境が、デフレ経済からインフレ経済への転換期にある以上、価格転嫁も積極的に進めていかなければ生き残れない。価格転嫁実現のためには付加価値をどう付与していくかを真剣に考えなければならない。また、コスト増加を吸収するためには、生産性の向上が不可欠になる等・・・これまでとは違った経営の仕方が必要になります。

一方、足元での景気はコロナ禍から回復してきていますが、賃金の増加ペースを物価の上昇ペースが上回る状態が続いており、現状が続けば回復の動きに水を差す可能性もあります。
物価上昇で消費者マインドが悪化することや、節約志向が強まることで、個人消費が冷え込んでしまうリスクも考えておかなければなりません。賃金が今後どこまで伸びていくか、その原資となる企業業績がどうなるかということが今後の日本の景気や経営環境を左右すると思われます。
「良い物を安く売る」時代から「良い物は高く売る」時代に変わりつつあります。こうした足元の景気動向を見極めながら、意識改革や行動変容して、インフレ時代の経営に舵を切っていくことが必要だと考えます。

投稿者プロフィール

矢野 覚
矢野 覚
LINK財務経営研究所 代表 
1982年 4月 国民金融公庫入庫
1993年 4月 公益法人日本生産性本部経営コンサルタント養成講座派遣
2015年 3月 株式会社日本政策金融公庫退職
2015年10月 株式会社山口経営サポート(認定支援機関)入社
2019年12月 同社 退社
2020年 2月 LINK財務経営研究所 設立
2022年 5月 健康経営アドバイザー
2022年 7月 ドリームゲートアドバイザー
中小企業金融の現場で、33年間、政府系金融機関の担当者~支店長として事業資金融資の審査(与信判断)や企業再生支援、債権回収業務に従事するとともにそれに関する稟議書の起案・決裁に携わっていました。
その後、中小企業の財務責任者として資金調達、経営改善業務をお手伝いさせていただき、短期間で赤字体質の中小企業を黒字体質に改善するコトができました。
こうした経験を活かして、「財務の力でヒトとカイシャを元気にする」ために、小規模事業者・中小企業の皆さまのお役に立ちたいと考えています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました