第65回 ヒヤリ・ハットを見逃すな!

リスクマネジメント

「こんにちは、かんれき財務経営研究所の雄蕊覚蔵です!」第65回は「ヒヤリ・ハットを見逃すな!」と題して、職場の安全対策や正確な事務処理を進めるための対応策等について考えてみます。

《今回のポイント》
日々の業務の中にはヒヤリ・ハットの件数は相当あるはず、重大事故を未然に防ぐには、、不安全な状態や行為を認識し、報告書の作成やヒヤリ・ハットの段階で未然に防止するための従業員の意識改革やオペレーションの見直し等、組織だって対策を立て、実践していくことが非常に重要です。

「ヒヤリ・ハット」という言葉を聞いたことがありますか。ヒヤリ・ハットとは、仕事中の「ヒヤリ」としたことや「ハッ」としたこと、すなわち、危ないことが起こったものの、事故や災害に至らなかった出来事のことです。職場の安全衛生の分野で主に使われていますが、この考え方は様々な場面で応用できると思いますので、今回テーマに取り上げて一緒に考えてみようと思います。

 

《ハインリッヒの法則》
アメリカの損害保険会社の安全技師であったハインリッヒは、多くの労働災害を詳細に調査した結果、次のような法則を導き出しました。
「1件の重大事故が起こった背景には、軽微で済んだ29件の事故、そして事故寸前の300件の異常が隠れている。」
また、300回の無傷害事故の背後には数千の不安全行動や不安全状態があることも指摘しています。
この重大事故に関する法則のことを「ハインリッヒの法則」と呼んでいます。上記の結果から、ハインリッヒの法則は「1:29:300の法則」とも呼ばれています。ハインリッヒの法則は、建設現場や医療現場等のリスクを伴う職場環境をはじめ、一般的なオフィスワーク等、様々な場面でも活用されている法則です。
ハインリッヒの法則と同様の結果は、他の研究でも報告されています。アメリカの21業種、約175万件のデータ分析から導き出された「バードの法則」では、「1:10:30:600」という比率が示されています。また、1974年~1975年にイギリスの保険会社のデータ約100万件からタイ・ピアソンにより導き出された法則もあります。ハインリッヒの法則やバードの法則と同じように「1:3:50:80:400」の比率が成り立つとされています。
①1件の重症災害が発生する背景には、400件のヒヤリ・ハットが存在する
②災害を逓減するには、災害自体を制御するのではなく、ヒヤリ・ハットを制御することが効果的である
こうした法則は、比率の数字そのものが重要なのではなく、事故と災害の関係を理解したり、重大な問題を未然防止したりするうえで十分に活用できる考え方です。重大な事故や災害の背後には、数多くの軽微な異常があることを理解しておくことが大切です。この軽微な異常のことを「ヒヤリ・ハット」と呼びます。
ハインリッヒは重大な事故や災害は人為的に制御できるものではなく、このヒヤリ・ハットをなくすことが重要であると主張しています。
ハインリッヒの法則は1930年にアメリカで発表されて以来、世界中のさまざまな企業の労働現場で事故への注意喚起として活用されています。現在では製造や建設、運輸などの産業界をはじめ、医療や行政といったさまざまな業界にも広く通じる法則として重要視されるようになりました。また、この考え方は労働災害以外でも同じように当てはめることができるので「1件の重大なクレームの背後には29件の軽微なクレーム、300件の不満がある」といった使われ方もしています。
ハインリッヒの法則を踏まえると、日ごろからヒヤリ・ハットの情報を把握して、再発防止のための対策を講じることが、重大な事故の発生の防止につながっていくのです。

 

《ヒヤリ・ハットが起こる原因》
ヒヤリ・ハットの多くは注意不足が原因とされることがありますが、それは根本的な原因ではありません。注意不足を招いた真因を分析することが必要になります。ヒヤリ・ハットを減らすには、そもそもヒヤリ・ハットが起きる原因を知ることが重要です。ヒヤリ・ハットはさまざまな原因がありますが、代表的なものをいくつか紹介します。

①作業への不慣れ
作業に関しての知識・経験が足りなかったり、危険性の認識が曖昧だったりすると事故につながります。特に、仕事を始めたばかりの新人に多いヒヤリ・ハットです。

②油断
もっとも事故が起きやすいのが、作業に慣れ始めて油断した頃合いです。何十年も作業に従事してきたベテランでも、危険性を軽視したり効率を優先したりした結果、事故に至るケースがあります。

③思い込みによる判断ミス
ベテランの従業員が陥りやすい失敗です。これまでの経験から作業手順の要不要を自己判断した結果、本来必要な手順を飛ばしてしまうなどが原因で事故が起こる危険性が高まります。

④焦り・パニック
なんらかのアクシデントにより正常な判断ができなくなると、普段ならありえない行動をしてしまう可能性があります。

⑤疲労
長時間作業を続けていると、疲労から判断力が低下します。また、思い通りに身体が動かないと事故につながります。

⑥コミュニケーション不足
聞き間違いや認識違い、あるいは連絡不足などがあると、誤った作業に繋がる可能性があります。また、誤った作業をしている従業員に対して、注意喚起がしづらい現場の雰囲気では、さらに危険です。これらはいずれも、上下間・従業員間のコミュニケーション不足が原因です。

⑦教育の不足
従業員に対する教育が不十分なため、どの作業でどのような危険が伴うのか認識できていないケースや、指示内容を理解できていないケースもみられます。入職時の教育体制についても再検討することも大切です。

⑧5Sの不徹底
5Sとは、「整理」「整頓」「清掃」「清潔」「しつけ」の頭文字をとった職場環境の改善のための活動のことです。職場の安全確保や働きやすい快適な環境の整備、業務効率化などを目的として取り組まれています。
整理:不要なものを処分する
整頓:必要なものを使いやすい場所に置く
清掃:きれいに掃除して点検を行う
清潔:清潔な状態を維持する
しつけ:4つの「S」を習慣づける
この5Sが徹底されず、作業動線上に不要なものが置かれている、あるいは道具や資材が乱雑に置かれているといった状況ではヒヤリ・ハットが起こりやすく、思わぬ事故を招きかねません。

上記のように、ヒヤリ・ハットは新人からベテランまで起こり得ます。いずれも人為的ミスに感じられますが、不十分な管理や脆弱なフォロー体制などが問題です。従業員に一任せず、組織として改善に取り組む必要があります。

 

《ヒヤリ・ハットを減らす取り組み》
①「ヒヤリ・ハット」を見逃さない
「ヒヤリ・ハット」を見逃さないためには、危険感受性を高める必要があります。危険感受性とは、何が危険か、どうなると危険な状態になるのかを直観的に把握し、危害の程度・発生確率を敏感に感じ取る能力をいいます。
設備・環境の整備等安全対策が進んだことにより、労働災害を目撃する機会が減少し、「何が危険か」「どうなると危険な状態になるのか」を直感的に感じ取りにくい環境になっています。また、雇用の流動化や就業形態の多様化、設備の自動化・省力化・集約化の進展、アウトソーシングの進展等による混在作業の増加等、労働者を取り巻く状況が大きく変化する中、団塊の世代の大量退職等に伴い、職場の安全衛生水準の低下が懸念され、具体的に以下の課題が現れはじめています。
・現場の実情を踏まえた安全管理のノウハウの消失
・労働者の熟練度の相対的な低下
・就業形態の多様化に伴う体系的な安全衛生教育の困難化
・1人作業の増加
・担当範囲の拡大・多能工化
・自動化等に伴う技術のブラックボックス化
・危険情報の伝達・共有の困難化

②「ヒヤリ・ハット」は必ず共有する
「ヒヤリ・ハット」が起こった時は、関わる部署内で「○○な状況で○○ということが起きた。今回は「ヒヤリ・ハット」で済んだが場合によっては○○になる危険性がある」というように情報を共有します。
情報を共有してそれぞれの作業者が十分に注意を払うだけでも事故のリスクを下げることができます。抜本的な対策をすぐに実施するのは難しいかもしれませんが、情報共有であればすぐに実施できます。

③「ヒヤリ・ハット」の共有には心理的安全性が重要
共有するために必要なのが組織の心理的安全性です。「ヒヤリ・ハット」があったときに本人が「こんなところで事故を起こすのはチームの中でも自分のようにうっかりしている人だけだ」と思ってしまったらその事例を共有できなくなってしまいます。
ほとんどの場合、同じ組織の中で一人だけ極端にうっかりしているということは実際にはあまりありません。程度の違いこそ多少あれ、その日その日の体調や心配ごとなどに左右されてほとんどの人が同様のことをする可能性が高いと思います。
組織の心理的安全性を高めることで、安全で品質の高い現場へとつながります。
ヒヤリ・ハットは報告する側にとっても、報告を受ける側にとっても、あまり名誉なことではないので、労働者を責めないという取決めをし、これを実行しないと、制度が長続きしません。たとえ作業手順書どおりに作業を行わなかったことが原因であった場合も、手順書に無理があって守ることができないのかもしれません。手順書の見直しの良い機会と考えるべきです。

 

企業での重大なトラブルを未然に防ぐためのポイント》
①小さなミスや異常を従業員に報告させるルールをつくる
ヒヤリ・ハットの早期発見には、従業員による報告が大切です。「いつ、どこで、何をしたときに」などを記載する報告書を提出するルールをつくります。
ヒヤリ・ハット報告書のルールで大切なことは、「速やかな作成・提出」と「客観的で詳細な記述」「専門用語や略語は使わない」です。従業員に対して、ヒヤリ・ハット発生後の記憶が鮮明なうちに報告書を提出するよう周知してください。また、報告書はヒヤリ・ハットにおける5W1Hを踏まえることで、事実や経緯が明確となります。5W1Hは具体的に「誰が」「いつ」「どこで」「なにを」「なぜ起きたか」「どうなったか」といった項目です。
報告書は、法律上の提出義務や保管義務はありませんが、以降のステップで事故への予防策を考える際に使用します。そのため、ヒヤリ・ハットの発生した状況が第三者にも正確に伝わるような、わかりやすい報告書の作成が大切です。

②改善する担当者を決め、振り返りと分析で原因を明確にして、すぐに対策できる体制を整える
報告されたヒヤリ・ハットは、早い段階で改善することが重要です。改善する担当者を決定し、対策できる体制を整えます。
担当者は、報告書をもとに発生の状況を振り返り、その原因を分析します。振り返りで大切なことは、客観的な状況の把握です。先入観や思い込みを捨て、事実の把握に主眼を置き、客観的かつ冷静に5W1Hの部分に焦点をあてどのような状況であったか、発生のプロセスを分析してください。
発生のプロセスが整理できたら、原因の分析をします。なお、原因は1つとは限らないので、多角的に分析することが必要です。このとき、当事者の不注意だけで済ませるのではなく、事象の根底にある原因・真因に迫ることが大切です。「機械や作業環境に起因するのか」「手順に問題はないか」など、原因を明確にしたうえで再発防止策を立てます。

③対策の周知と追跡評価で再発防を徹底する
振り返り・分析から導き出した原因を踏まえ、対策を検討します。実際に現場で働いている従業員から、広く改善案を募るのもよいと思います。ただし、従業員任せにはせず必ず責任者主導で行ってください。
ヒヤリ・ハット発生を防ぐための対策と体制作りを実施します。対策例には、ガイドラインやチェックリストを作成する、現場の作業プロセスを改善するなどがあります。
対策が決まったら、職場の関係者全員に周知し、速やかに実行へ移すことが肝心です。なかなか実行に移さなかったり、周知が不十分だったりするとその間に同じミスが起きる可能性があります。

なお、対策実施後に追跡評価をおこない、ヒヤリ・ハット発生が減少したか確認すると、対策の有効性を高めることができます。
また、この時点での対策はあくまでも仮説に過ぎません。追跡評価で有効性が立証できて、初めて再発防止策として意味のあるものだったと評価できます。効果がないようであれば、分析・立案に立ち返ります。

④ヒヤリ・ハット報告を習慣化するための工夫
重大な事故を防ぐには、ヒヤリ・ハットの段階での対策が重要です。そのためには、社員一人ひとりから、できるだけ多くの報告を受けなければなりません。ヒヤリ・ハット報告を習慣化するための工夫事例を紹介します。
・勤務時間内に書かせる
報告書の作成には、どうしても時間がかかります。そこで勤務時間内に報告書を作成する時間をとることが大切です。例えば、「退勤前の15分はヒヤリ・ハット報告書作成の時間」と決めれば、時間に追われずに丁寧な報告が期待できます。
・報告書を作成するメリットを明確にする
ヒヤリ・ハットは人為的なミスが原因と思われがちなので、自分の不利益になりかねないと報告を怠る従業員もいます。そこで人事上の不利益がないことを明言するほか、報告書を作成するメリットを提示しましょう。例えば「ヒヤリ・ハット報告を行った従業員をプラス評価する」「優れた提案を行った従業員には報奨金を与える」など、人事評価や報奨金制度と結びつけるのが有効です。
・手書きではなくシステムで作成する
ヒヤリ・ハット報告に抵抗がなくとも、文字を書くことや文章を組み立てることが苦手な従業員もいます。あらかじめ記入項目が決められたフォーマットを作成して、簡単に作成・共有できる仕組みを整えることも必要です。ヒヤリ・ハットが「どこで起きたか」「なにをしているときに起きたか」などは、記述式でなく選択式にすると、記述の手間が省け効率的です。

報告を受ける側も「手書きと違い誤読のおそれがない」「記入項目が決められているので分析がしやすい」などのメリットがあります。
こういった報告は、蓄積された情報が多いほど、多角的で高度な分析につながります。

⑤事故が自社で起きる可能性がないか確認する
重大なトラブルを防止するためには、自社以外で発生した出来事を参考にすることも大切です。同業他社、あるいは同じような作業をおこなう会社で起きた事故のニュースを知った場合には、自社での業務プロセスに置き換えて検証することも重要です。

 

《まとめ》
ヒヤリ・ハットは、安全のための貴重な先取り情報です。大事に至っていないヒヤリ・ハットの段階だからこそ、潜在的な危険を把握し、事故防止策を講じられます。災害を防止するためには不安全行動や不安全状態をなくすことが求められます。
日々の業務の中にはヒヤリ・ハットの件数は相当あるはずです。重大事故を未然に防ぐには、毎日のささいな取り組みが不可欠で、不安全な状態や行為を認識し、ヒヤリハットに関する情報共有の徹底とヒヤリ・ハットの段階で未然に防止するための対策を立て実践できる仕組みの構築が非常に重要です。

投稿者プロフィール

矢野 覚
矢野 覚
LINK財務経営研究所 代表 
1982年 4月 国民金融公庫入庫
1993年 4月 公益法人日本生産性本部経営コンサルタント養成講座派遣
2015年 3月 株式会社日本政策金融公庫退職
2015年10月 株式会社山口経営サポート(認定支援機関)入社
2019年12月 同社 退社
2020年 2月 LINK財務経営研究所 設立
2022年 5月 健康経営アドバイザー
2022年 7月 ドリームゲートアドバイザー
中小企業金融の現場で、33年間、政府系金融機関の担当者~支店長として事業資金融資の審査(与信判断)や企業再生支援、債権回収業務に従事するとともにそれに関する稟議書の起案・決裁に携わっていました。
その後、中小企業の財務責任者として資金調達、経営改善業務をお手伝いさせていただき、短期間で赤字体質の中小企業を黒字体質に改善するコトができました。
こうした経験を活かして、「財務の力でヒトとカイシャを元気にする」ために、小規模事業者・中小企業の皆さまのお役に立ちたいと考えています。

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