第105回 管理会計を基準にした粗利管理

財務

「こんにちは、かんれき財務経営研究所の雄蕊覚蔵です!」第105回は「管理会計を基準にした粗利管理の大切さ」と題して、「第92回 経営者が押さえるべき3つの数字~現預金 借入金 純資産(自己資本)~」でその必要性をお伝えした各指標のうち、純資産を増やすための管理会計としての利益管理の留意点について述べてみます。

 

利益管理の重要性
ある中小企業の経理・会計部門のスタッフ達が「支出がどんどん増加している。折角これまでコストカットを進め、利益の出る収益構造になったのに、このままでは以前の赤字体質に戻ってしまうのではないか。また当時みたく夜中に資金繰りが気になってハッと目を覚ますようなことにはなりたくない。一番の原因は、収益と費用を一元管理できなくなったことにあると思う」と愚痴をこぼしていたそうです。

事業規模が拡大し、売上の増加が見込めるのであれば、変動費である売上原価の増加も、拡大に必要な固定費の増加も肯けることです。
一方、経理・会計の担当者からすれば、実際に足元の売上の増えていないなかで、経費ばかりが増えて、手許のお金が減っていくことに一抹の不安を感じるのも当然のことです。
ここでの課題は、利益管理ができていないことにあるのではないかと思います。経営者や経営幹部が適正な利益管理を行い、経理・会計の担当部署と情報共有できていれば、担当部署も余計な心配をしなくて済むのです。
つまり、売上増加に紐付く原価や経費がどれだけ増えるのか、その結果、売上や利益はどれだけ増えるのか、この収益と費用のバランスさえ取れていれば問題はないので、そのための利益管理が重要になるのです。

前半は、税務会計における利益の考え方の概要をお伝えして、後半で管理会計に基づく粗利管理の仕方をお伝えしようと思います。
何事も基本がしっかり理解されて、はじめて応用が効くので、まずは基本から・・・

 

損益計算書のさまざまな利益の違い
損益計算書に計上される利益には、次の5つの種類があります。
① 粗利(売上総利益)
会計期における売上高の合計から、売上原価を差し引いた金額です。
粗利は企業の利益というよりは、企業が提供する商品やサービスの利益を示すものです。
粗利の計算式:粗利(売上総利益)=売上高-売上原価

② 営業利益
「販売費及び一般管理費」として計上された経費を粗利から差し引いた金額です。
営業利益を見ることで、自社が本業でどの程度の利益を出せているのかが分かります。この部分が赤字だと、本業による利益が出せていないということです。
営業利益の計算式:営業利益=粗利-販売費及び一般管理費

③ 経常利益
営業利益に、企業活動において発生した本業以外の損益である「営業外損益」を足した金額です。
営業外損益には、受取利息や配当金、貸倒引当金戻入金、雑収入などが該当します。また、雑損失や融資を受けた際の支払い利息も、営業外損益の損失にあたります。
経常利益の計算式:経常利益=営業利益+営業外損益

④ 税引前当期純利益
経常利益と特別利益の合計から特別損失を差し引いた金額が、税引前当期純利益です。
特別利益とは、長期保有が前提だった固定資産や有価証券などを売却して得た収益などを指します。特別損失には、臨時的または突発的に発生した損失が該当します。
税引前当期純利益の計算式:税引前当期純利益=経常利益+特別利益-特別損失

⑤ 当期純利益
当期純利益は、税引前当期純利益から法人税や法人事業税、法人住民税といった税金を差し引いた金額です。
当期純利益の計算式:当期純利益=税引前当期純利益-法人税-法人事業税-法人住民税

 

粗利管理が最も重要
損益計算書の5つの利益の中で、次のような理由から、最も管理しなければならない利益は粗利です。
① 企業価値の判断基準
② 予算作成の目安
③ 売上原価の妥当性
④ 商品の付加価値の高さ・優位性
⑤ 戦略の適切さ
経営に必要な人件費や様々な経費も粗利から支払われることになるため、粗利が高くなれば利益に反映されるといえます。
粗利は商品やサービスの付加価値によって異なるため、粗利が高いとそれだけ高い付加価値を得られているということになります。
売上原価とは、商品やサービスの対価として受け取った売上に対して直接ひも付けが可能なコストのことです。この売上高から売上原価を差し引いた差額が粗利益(売上総利益)です。売上原価に含まれるものとしては、仕入代金や外注費がメインとなります。

売上原価の計算方法
粗利計算では売上から売上原価を引きますが、業種によって売上原価の計算方法が異なります。商品を仕入れて売る販売業と、商品を製造して販売する製造(販売)業では、原価の概念が異なるということです。業種別の粗利計算における原価をまとめると、下記のようになります。
・小売業:原価 = 商品の仕入れ代金
・サービス業:原価 = 商品の製造・加工段階で発生した外注費
・製造業:原価 = 販売した製品の製造費
・建設業:原価 = 建設物を作る過程でかかった費用

小売業の売上原価
原価=期首商品棚卸高+当期商品仕入高-期末商品棚卸高
売上原価は、年間の仕入れ高と同額ではありません。前の会計期に購入した在庫品が売れたり、今期仕入れた物の売れ残った在庫品が発生したりする可能性があるので、粗利計算をする際の売上原価は、仕入高だけでなく、期首と期末の棚卸し高を加味して計算します。

サービス業の売上原価
売上について直接かかった費用とは、提供したサービスと関連づいている費用ですので、サービス業の売上原価となるものは外注費ぐらいかもしれません。
売上から差し引く売上原価が低いため、売上総利益は大きくなりますが、間接的な費用が大きくなる傾向にあります。

製造業の粗利益=売上-販売した製品の製造原価
製造原価とは製造原価報告書で計算される当期製造した製品に関するコスト、作った製品コストの総額です。
製造原価は、「材料費・外注費」、「労務費」、「経費」に分けることができます。
材料費:製品本体を構成する素材費や部品費等
労務費:工場で勤務する正社員、パート・バイト代など従業員のコスト
製造経費:材料費と労務費以外の製造に係るコスト

建設業の粗利益=売上-工事原価
工事原価とは、建設物を作る過程でかかった原価のことです。建設業においては、材料費や労務費、外注費、経費等が原価として必要になりますが、それをまとめて工事原価と呼んでいます。
工事原価を構成する要素は、「材料費」「労務費」「経費」「外注費」の4つです。
材料費:工事に要する材料や素材
労務費:工事に要する人員の賃金や給料、手当等
経費:工事に要するさまざまな費用
外注費:原価計算では、材料費、労務費、経費、の3つに区分するのが一般的ですが、建設業会計においては外注費が加わります。

 

粗利は実額ではなく、比率で管理
粗利率(粗利益率)は売上に対する粗利の割合を示したもので、会計用語では「売上総利益率」と呼ばれています。下記の計算式で算出できます。
粗利率=売上総利益÷売上高×100%

粗利管理の基本は、実額ではなく、比率で管理することです。売上原価は売上に紐付いているので、売上の増減に伴って変動する変動費です。変動費は売上に対する比率で管理するのです。通常、売上に増減があっても、事業そのものに大きな変化がない限り、粗利率は、同水準で推移するものなので、粗利率の推移を管理することで課題や問題を発見することができます。

 

管理会計に基づく粗利管理
それでは、これから管理会計に基づく粗利管理についてお伝えします。
税務会計は、法律で定められたルールに基づき、税金を計算するための会計です。これから説明する粗利管理は、法律等でルールが定められていない管理会計に基づく独自の管理手法です。

エッセンシャルワークと呼ばれる医療や福祉・介護は典型的な労働集約型産業です。労働集約型産業とは、「人が動いてナンボ」つまり、事業活動の主要な部分を人の労働力に頼っており、売上高に対する人件費の比率が高い産業のことで、人が稼働して付加価値(粗利益)を稼ぎ出すビジネスモデルです。
このモデルでは、人件費を売上原価と見做して管理する必要があります。
A社、B社の2つのモデルケースを使って説明します。どちらも売上原価は人件費としています。

前期に比べて売上高は20百万円増えましたが、売上原価である人件費も28百万円増えたので、粗利率が38%から35.5%に低下しました。前期と同水準の粗利率を維持するために必要な売上高は645百万円になります。

売上原価増加の要因は増員か賃金の引き上げかによると思いますが、売上原価の増加に見合った売上高の増加ができなかったため利益が減ったと捉えることが妥当です。
つまり、売上増加の裏付けが曖昧なまま、増員したり、賃上げしたりして売上原価を増加させると期待している粗利が確保できなくなり、今後、固定費が増加したときには、その固定費を賄えなくなる可能性が高まるということです。

前期に比べて、今期の売上高が大幅に減少したため、粗利率が低下し、その結果、粗利で固定費を賄うことができなくなって赤字を計上することになった事例です。
一般的にサービス業では、売上に紐付く変動費が極端に少ないので、売上が減少した分だけ利益も減少することになります。B社も売上が前期に比べて25百万円減少したので、利益も同額減少しました。変動費の割合が低く、固定費の割合が高いという収益構造の業種では、売上高の減少がそのまま利益に影響してしまうという特性があるのです。

 

必要売上高の算出
こうしたビジネスモデルにおける利益管理は、必要な粗利額を設定し、その粗利を確保するために必要な売上高を算定して、その実現に向けて管理することが重要になります。
これを計算式で示すと以下のとおりです。
必要売上高=必要粗利+売上原価
必要売上高=必要粗利÷粗利率

事業拡大に向けて新規事業に取り組むケースについて、A社のモデルを使って説明します。

新規事業を始めることにより、固定費が100百万円増加する見込です。また、投資費用を銀行借入により資金調達したのでその元金返済負担も増加します。借入金の元金返済は利益から支払うことになりますので、それを勘案すると営業利益で50百万円の確保が必要であると試算しました。
また、A社は労働集約型の事業がメインなので、売上や粗利を増やすためには、必要な人員を投入しなければなりません。つまり、必要売上高を確保するためには、売上原価は大きく削減できないのです。各種の経営管理指標を参考にしたり、人員1人当たりがの稼ぐことができる売上高の上限や労働生産性を算出したりして検討したところ、最低でも売上高の60%は売上原価として計上しなければならないという結論に至りました。粗利率でみれば上限が40%ということです。
こうした条件のもとで、必要固定費や返済財源を確保するために必要な粗利は350百万円です。
このときの必要売上高はいくらかを算出します。
計算式に当てはめると
必要売上高=必要粗利350百万円÷粗利率40%=875百万円
売上原価=必要売上高875百万円×売上原価率60%=525百万円
となります。
つまり、現在の人件費分の人員では、必要売上高を達成できないことが明らかになり、必要売上高を達成するためには、増員をしなければならないことが判明しました。

労働集約型産業では人の労働力によって売上や利益を生み出すという特性があるので、売上を増やして増加した固定費や返済財源が捻出できる利益を確保するためには、売上の増加に対応できる受け皿として、必要な人員も増やさなければならないのです。こうした様々な要素を加味した結果、前期に比べて営業利益を30百万円増やすために、売上原価(人件費)を125百万円増やし、売上高は255百万円増やさなければならないという算出結果になりました。

 

利益管理を計画や戦略と紐付ける
A社の利益管理のポイントは、売上高と人件費の実績及びその差額である粗利の管理になります。
今回は、労働集約型の企業をモデルに説明しましたが、装置産業であったり、販売業であったり、業種によって、その利益管理の方法は異なります。装置産業であれば、売上増加のための設備投資が必要になるかもしれませんし、販売業であれば、仕入れ費用だけではなく、広告宣伝費等のマーケティング活動に費やす費用が増加するかもしれません。どの科目のどの数字を売上原価に設定して、管理すべき粗利をどう設定するかといったことを検討し、自社に見合った利益管理の方法を決めて、継続的に管理することが大切です。そうすることが、経営の条件である長期利益の獲得と持続可能な企業経営に繋がると思っています。
経営計画や経営戦略、事業計画や事業計画、事業計画に基づく機能計画を策定するうえでは、一定の条件のもとで算出された、ある意味、理論上の数字と現場の実際との整合性や妥当性を検証して計画や戦略に落とし込むことが必要になります。

今回の事例でお分かりのように、利益を増やすためには様々な要素が絡み合ってくるので、目標利益を達成するための売上増加を実現することは容易いことではありません。こうした利益管理の結果も判断材料にして、組織の再編成、人員の適正配置等、経営戦略、事業戦略と併せて組織戦略、人事戦略も検討することが大切なのです。

投稿者プロフィール

矢野 覚
矢野 覚
LINK財務経営研究所 代表 
1982年 4月 国民金融公庫入庫
1993年 4月 公益法人日本生産性本部経営コンサルタント養成講座派遣
2015年 3月 株式会社日本政策金融公庫退職
2015年10月 株式会社山口経営サポート(認定支援機関)入社
2019年12月 同社 退社
2020年 2月 LINK財務経営研究所 設立
2022年 5月 健康経営アドバイザー
2022年 7月 ドリームゲートアドバイザー
中小企業金融の現場で、33年間、政府系金融機関の担当者~支店長として事業資金融資の審査(与信判断)や企業再生支援、債権回収業務に従事するとともにそれに関する稟議書の起案・決裁に携わっていました。
その後、中小企業の財務責任者として資金調達、経営改善業務をお手伝いさせていただき、短期間で赤字体質の中小企業を黒字体質に改善するコトができました。
こうした経験を活かして、「財務の力でヒトとカイシャを元気にする」ために、小規模事業者・中小企業の皆さまのお役に立ちたいと考えています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました