第86回 「仕組みで動く!」経営基盤を固めることの重要性(その1)

中小企業経営

「こんにちは、かんれき財務経営研究所の雄蕊覚蔵です!」

今年最初の投稿記事となる第86回は「経営基盤を固めることの重要性(その1)」と題して、経営基盤を構成する要素の中で、最も重要だと考える組織基盤に関する考え方を記載します。

 

金融機関で融資審査業務を始めた頃に、先輩から「どんなに赤字が続いても経営基盤がしっかりしている企業は簡単には潰れない。しかし、一方で放漫経営により赤字を垂れ流している企業もある。同じ赤字でも大きな違いがある。この違いを見抜く目を養うことが大切」と教えて貰いました。

中小企業に対する融資判断の基本は経営者の資質ということを以前にもお伝えしたと思います。経営者から経営に対する姿勢について、経営者の考え方を聞かなければ、先輩から教えて貰った「赤字の違い」を捉えることが出来ません。
この「違い」が起きる原因は、経営者の考え方によるので、中小企業融資の判断基準は経営者ということになり、経営者の資質をしっかり炙り出すことが大切になるのです。

以前、このブログでも取り上げた「VUCA時代」、中小企業に限らず、我々を取り巻く経済環境や経営環境が目まぐるしく変化し、先行きの予測が困難な現代社会を表した言葉です。こうした時代を生き抜くためには、やはり「経営基盤の強化」が必要だと思います。

それでは「経営基盤」について考えていきたいと思います。
経営基盤を構成する要素は、大きく分けて次の4つだと考えています。
① 組織基盤
② 事業基盤
③ 業務基盤
④ 財務基盤
このうちの1つでも欠けていれば、経営基盤の構築には繋がりません。この4つの構成要素の1つ1つをきちんと整備していくことで、不測事態にも耐えることが出来る強固な経営基盤が確立されるのです。

これから構成要素の1つ1つについての考え方をコメントしますが、今回の「経営基盤を固めることの重要性(その1)」では、最も重要な要素だと考える「組織基盤」に絞って記述します。

組織基盤を固めるには、組織図の整備、権限と責任の明確化・意思決定のルール、業績管理のしくみ、人事制度の確立が重要になると考えます。

(1)組織図の整備
組織図は、組織の体系を明確にするために必要なものです。組織図を作成する目的は次の5つです。
①組織構造の見える化
・組織を正確に把握する(部門とその役割、具体的な機能や人数、部門間の関係等)。
・組織構造を理解し、円滑な部門間連携や業務の効率化を図る。
②指揮・命令系統の明確化
・組織内の指揮・命令系統(誰の指示を仰ぎ、誰に指示を出すのか)を明確にする。
・スピード感を持って意思決定をする。
③権限の適切な分配(集中化・属人化防止)
・組織における権限の最適な分配をする。
・組織編成を可視化することで、権限の分散化や適正な人員配置をする。
④従業員同士の相互理解
・組織内のコミュニケーションを活性化する。
・部署や部門間の情報共有を通じた問題の早期発見等の効果を期待する。
⑤従業員の組織内での立ち位置の認識
・各部署や部門の担う役割や部署・部門内での自分の立ち位置を認識する。

(2)権限と責任の明確化・意思決定のルール
「権限」とは「力や権利」であり「(与えられた力や権利に基づいて)やってもいいこと・やることが許容されていること」、「責任」とは「義務」であり「やらなければならないこと」です。
経営者は、組織の役割、責任、権限を明確にしなければなりません。組織を機能させるためには、組織内の各自がその役割に応じて適切に行動することが不可欠です。そのため経営者は、各自がその役割において、何をしなければならず、何をすることが許容されているかを明確にし、それを伝達して各自が確実に理解できるようにすることが必要なのです。

権限と責任の明確化や意思決定のルールを決めるうえで、検討が必要なのは「権限委譲」をどうするかということです。
組織が肥大化していくと、経営者一人に権限が集中していたのでは、組織が機能不全を起こす可能性が高まります。
特に、企業を取り巻く環境の変化が激しく、スピーディな意思決定とアクションが求められるようになってきている時代では、経営者が全ての案件や問題などに主体的に関わることは難しくなってきました。
そうした中、経営幹部や現場の管理職に権限を委譲して現場で対応してもらうことが、顧客満足度の向上や本来の仕事に使う時間の確保や企業としての競争力を高めるという観点で大切なことなのです。

現場での課題として、人財不足があげられます。今日の日本には、リーダー人財が不足している企業が少なくないのです。
将来のリーダー人財を確保するためにスタッフに権限委譲しながら育成していく必要があります。権限を受け取る側(これ以降、権限委譲者という)には、自ら考えて取り組む能力を鍛えられてモチベーションを高める効果が期待出来ます。

誰に権限委譲するのか
経営者は「誰にどのようなレベルで権限委譲できるのか」を見極めることが必要です。
不適切な人に権限移譲をしてしまった場合、組織や現場がぐちゃぐちゃになってしまうこともあり得ます。 経営者は、権限委譲対象者の能力や意欲、関連するスタッフ・メンバーとの相性をしっかりと把握していく必要があります。
そのためには「人を見る目」を養い、目的意識を持って対象者ときめ細かなコミュニケーションを繰り返していくことが重要なのです。

達成してほしい目的・ゴールの共有
対象者が決まったら、達成してほしい目的やゴールを共有する必要があります。
権限委譲が上手くいかない原因は、このプロセスにあることも少なくありません。経営者と権限委譲者やスタッフ間で目的やゴールに対する認識がずれていると、期待していたことではないことにスタッフが労力をかけてしまったり、的外れな意思決定をしてしまったりと、相互の不満の要因となってしまいます。

権限委譲を活用した人財育成
また権限委譲には「育成」の観点もあることを忘れてはいけません。権限委譲者の能力よりも少し背伸びした目標設定をすることも大切です。
単に権限を委譲するだけでは上手くいきません。経営者自身による途中のプロセスの確認や進捗管理がないまま放置状態では、権限委譲が上手く機能しません。
権限の委譲を通じて、権限を受け取る側の育成を行うという意識を持ち、目標の提示と支援を通じてコントロールしていくことが重要です。

最終的な権限や責任は経営者
権限移譲といっても、あくまで最終的な権限や責任は経営者にあります。
すべての意思決定を権限委譲者に委ねるのではなく、「ここまでは勝手に判断してくれて構わない」「逆に、ここは事前に相談してほしい」等、線引きを明確にしておくことが大切です。
権限委譲者の意思決定や業務の遂行の仕方を尊重しつつも、定期的に進捗確認を行う等、経営者はきちんと全体の業務状況の把握もしておく必要があります。
「失敗して初めて進捗が遅れていることに気づいた」「退職者が出て初めて現場の潜む課題に気づいた」等が起こらないための経営者による目配りは不可欠です。

権限委譲と丸投げは全く違います。経営者が実行支援することが大切です。
権限委譲に失敗しているケースの多くは、権限移譲ではなく、単なる「丸投げ」になっているケースです。
経営者によるプロセスの途中での確認が一切ないと、問題が表面化してから慌てて対応することになるからです。定期的な進捗確認や、部下が相談しやすい雰囲気作りをすることが上手くいく権限委譲のコツなのです。

業務の中には、経営者によるトップマネジメントが必要なものもあります。経営者による効果的な調整や揃えるべきリソース等です。

大切なことは、人に権限委譲するという「形」が大事なのではなく、権限委譲者が持つべき「責任と権限の範囲」をきちんと明確にして割り当てて、組織運営の中で機能させることです。
権限委譲者は「経営者の代理」ということになります。経営者に代わって、実務的な運用を統括して管理し、その状況を報告することが権限委譲者には期待されているのです。

(3)業績管理のしくみ
「企業」は、営利や何かの目的をもって行われる活動である「事業」を行うための団体や組織のことです。どのような目的を持つ企業にしても「目的」の進捗状況を「見える化」する必要があります。そうしないと目的が達成できたか否かが分らず、企業を設立した意義や価値が見出せなくなります。

予実管理
こうした目的や目標とそれに対する現場の実情を把握するための手法の1つとして予実管理があります。予実管理の「予実」とは、「予算」と「実績」を指しますが、実績という言葉を用いず、予算管理と呼ばれる場合もあります。

企業は、事業規模の大小にかかわらず、その目的を達成するために自社の実績が経営目標に対して順調に向かっているか、軌道修正の必要はないか等を確認する必要があります。設定した予算に対してどの程度の実績をクリアしているか、どの程度足りないかを把握、管理することが予実管理の目的です。
企業の予算と実績を管理する予実管理は、予実管理=予算を必達成のための方法ではなく、設定した予算に対してどれだけ実績をあげられたかを分析し、改善していくための手法なのです。
予実管理を行うことで、企業は自社の抱える経営上の課題を「見える化」できます。
たとえば、ある部門に赤字があった場合にその数字だけを見ても、赤字の原因は特定できません。売上が低迷している場合もあれば、売上は上がっているにもかかわらず、経費が過剰に発生した結果赤字になっている場合もあります。このように、企業が抱えているさまざまな問題を「見える化」して、その問題を修正するために必要なのが予実管理なのです。

予実管理を行うことで、どの部門の実績が不足しているか、どうすれば予算達成できるかを具体的に考えることが出来ます。その際に注意しなければいけないのは、予実管理を行うタイミングです。1か月も2か月も前のデータを分析しても状況が変化しており、そこにフォーカスして対策を打ったとしても陳腐なものになってしまうのです。そのため、一連の流れに時間差が生まれないようにする必要があるのです。
予実管理のタイミングは、その企業の置かれた状況によって考える必要があります。業績が振るわず、経営改善が喫緊の課題である場合には、毎日、毎週、毎旬ときめ細かく区切って行う必要がありますし、業況が安定推移しているならば毎月1回でもいいかもしれません。ポイントは、予算と実績の乖離をリアルタイムに把握し、原因を究明して改善策を打ち立てることなのです。

予実管理の実践
いくら予実管理の手法を取り入れても、実際の経営に活用できなければ何の意味もありません。実績把握や分析に無意味な時間をかけるだけで、本来の求める結果につながらない可能性があります。
予実管理を実際の経営に活かすには、
①適切な予算の設定
②適正な範囲での数字の読解
③的確な原因の把握
④予実管理に必要な指標の設定
⑤タイムリーな数値の把握
がポイントになります。

予実管理の目的は、企業が目指す目的・目標の達成に向けた進捗管理です。そのための「物差し」が予算です。目的達成に向けた適正な予算が設定されていないといくら予算と実績の比較を定量的に行い、予算達成にはどの実績がどの程度足りなかったのか、達成するためには何が必要なのかを分析しても目指すゴールには辿り付けません。
簡単に達成出来るような低すぎる予算設定では企業の抱える問題を炙りだせず、達成の見込みもない高すぎる予算設定では企業の強みや課題を見極められなくなります。予実管理には、長期的な視点も持ちながら適切な予算設定をすることが必要不可欠なのです。

予実管理において大切なのは、予算と実績の乖離幅の多寡ではなく、課題や問題点を浮き彫りにすることなので、詳かい数字にこだわる必要はありません。
細かい数字にこだわり過ぎると反って問題や課題の本質を捉えられなく可能性が高くなります。

予実管理により浮き彫りになった課題に対しては、表面的な問題にとらわれないよう注意しながらその原因を本質的に捉える必要があります。そのためには、課題の原因を徹底的に調査し、仮説と検証を繰り返して問題を深掘りすることが重要なのです。

効率的な予実管理を行うには、事前に予実管理する指標について重要度、優先度といった格付け、順位付けをしておく必要があります。
分析する際の指標が不適切だったり、正しい方法で集計作業が行われなかったりしたら、企業の実態は正確に把握できません。
予実管理の項目によっては、データ集計に時間のかかる項目があるかもしれませんので、タイムリーに把握できる仕組みを作っておくことも大切です。
予実管理は分析がゴールではなく、継続的にPDCAサイクルを回して、企業として目指す目的・目標に到達する手段です。

予実管理には、タイムリーな数値が必要というのは前述したとおりです。よりリアルタイムな数値を反映させられる仕組みを整えることが必要です。根本的な経営課題にまで辿り着けなくても、数値という事実を確認することで問題点の在処くらいに気付くことは出来ます。

PDCAサイクルの活用
予実管理により「見える化」された課題解決や軌道修正には、PDCAサイクルの活用が効果的です。PDCAサイクルは、PLAN(計画)→DO(実行)→CHECK(評価)→ACTION(改善)の段階を追って進み、ACTION(改善)をもとに新たなステージで再びPLAN(計画)から始まるサイクルを繰り返す管理ツールです。
予実管理がPDCAサイクルと連動できていないと、問題解決の遅延や計画倒れの連続、経営計画を活かせない状況に陥る可能性が高くなります。

(4)人事制度の確立
人事制度に関しては、このブログの「第59回 中小企業の人事制度」に詳しく記述していますので、そちらを併せて確認していただければいいかなと思います。
重要なことは「魂の込められた人事制度」を作ることです。ポイントになる部分について再掲します。

「仏作って魂入れず」という諺があります。仏像を作っても、作った者が魂を入れなければ、単なる木や石と同じであることから転じて、物事は仕上げが最も重要であり、それが欠けたときは作った努力も無駄になるということです。
時間をかけて一生懸命に人事制度を作ったけれど、意図したようには機能しない懸念があります。その大きな理由の一つは「仏作って魂入れず」だからだと思います。形ある仏像はいわば人事制度であり、魂は無形の「企業理念、ビジョン、戦略」です。
仏像に魂を入れることを「開眼」と言い、実際に最後に眼(め)を描き入れて開眼の儀式を行うそうです。「仏作って眼(まなこ)を入れず」「仏作っても開眼せねば木の切れも同然」という諺もあります。
人事制度も、いくら一生懸命に作っても、自社の魂が込められていなければ機能しません。

「仏」(仏像)に当たる人事制度は、評価制度、賃金制度等、個々の制度で構成されています。それらは独立したものではなく、有機的に連動して機能するものであり、各制度が整合性を持ち、連動して運用されなければならないものなのです。
人事制度に入れる「魂」とは、企業理念、ビジョン、経営戦略です。
経営戦略を実現するためのマネジメントツールが人事制度です。その人事制度に、魂が込められていなければ目的どおりに機能するわけがありません。そう考えると「仏作って→魂を入れる」のではなく「魂があって→仏を作る」という順序になるのかもしれません。
人事制度は自社の企業理念、ビジョン、戦略を実現するためのものですから、他社で機能している人事制度をそのまま真似して導入しても十分には機能しません。100社あれば100通りの人事制度が求められる、完全なオーダーメード、オリジナルのものと言えます。
魂の入った人事制度を作るためのポイントは①魂を明確にする、②組織全体を巻き込んで作る、の2つです。
「魂を明確にする」とは、企業理念、経営ビジョン、経営戦略等を具体的な言葉に落とし込んで明確にし、経営戦略を実現するための人材像(必要な知識、スキル、経験等)を具体化し、その人材像を育成するための教育制度を具体的に考え、知識、スキル、行動、成果を評価する制度を作り、評価した各項目をどのように給与に反映させるかという処遇制度を設計することです。
「組織全体を巻き込んで作る」とは、各部門、各階層のスタッフの声を聞き、組織全体を巻き込んで制度を作ることです。そうすれば、人事制度に対して「自分たちの意見、現場の実態が反映された、自分たちが関与して作った」と納得性が得られ、機能しやすくなると考えます。
時間と手間はかかりますが、経営戦略を実現するための「魂」の入った人事制度を作り、運用するには、不可欠だと考えます。

 

「経営基盤を固めることの重要性(その1)」を最後まで読んでいただきありがとうございました。次回は、この続編として「経営基盤を固めることの重要性(その2)」と題して事業基盤、業務基盤、財務基盤について考えてみようと思います。

投稿者プロフィール

矢野 覚
矢野 覚
中小企業金融の現場で、33年間、政府系金融機関の担当者~支店長として事業資金融資の審査(与信判断)や企業再生支援、債権回収業務に従事するとともにそれに関する稟議書の起案・決裁に携わっていました。
その後、中小企業の財務責任者として資金調達、経営改善業務をお手伝いさせていただき、短期間で赤字体質の中小企業を黒字体質に改善するコトができました。
こうした経験を活かして、「財務の力でヒトとカイシャを元気にする」ために、小規模事業者・中小企業の皆さまのお役に立ちたいと考えています。

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