「こんにちは、かんれき財務経営研究所の雄蕊覚蔵です!」
第88回は、第86回、第87回に続いて「経営基盤を固めることの重要性(その3)」と題して、経営基盤を構成する要素の中で、財務基盤についての考え方を述べてみます。
《財務基盤》
安定した財務基盤は自己資本の充実から
財務基盤の強化を図るうえで重要なことは「自己資本」に視点をおいて考えることです。損益を中心に考えるのではないことに注意が必要です。フローではなくストックで考えなければなりません。勿論、自己資本を充実させるためには、損益(フロー)を考えながら経営をしていかなければなりませんが、まず、目を向けなければならないのは「自己資本(ストック)」です。
財務諸表でいえば、損益計算書ではなく、貸借対照表を確認することが重要になります。
自己資本とは貸借対照表でいうところの純資産のことで、他人から調達してきたものではなく経営者や株主からの出資や自社の利益の積み上げであり、支払いや返済の義務がない純粋な財産(資産)のことです。そのため、自社が保有する資産のうちの純資産の割合(自己資本比率)が大きければ大きいほど、財務状況が安定していると言えるのです。
つまり、財務基盤を安定させるために考えなければならないのは、「どのようにして自己資本を増やすのか」です。当たり前のことですが、自己資本比率を高めるためにはそれだけの利益を上げる必要があります。
ここで貸借対照表の構造について、おさらいしておきます。
このブログの「第6回 バランスシートの読み解き方」にも書いているのですが、貸借対照表の左側(簿記の用語では借方という)には、資産が表示されています。
資産とは、お金が商品や車両、建物といった換金性のある「もの」や売掛金、未収金といった将来回収が出来る「債権(権利)」に形を変えた数字のことです。つまり、資金の運用(使い途)示しています。1年以内に資金化できる資産を流動資産、1年超、資金化できない資産を固定資産と言います。
一方、右側(簿記の用語では貸方という)は、負債と純資産(資本)が表示されています。負債とは、他人から資金を調達した数字であり、純資産(資本)は、事業に投資した自分の資金を示した数字です。負債は、1年以内に返済・支払義務のある流動負債と1年超の期間、返済・支払義務のない固定負債に分類されています。
企業の資産は、大きく分けて「他人資本」と「自己資本」から資金調達して構成されています。他人資本とは流動負債と固定負債を合わせたもので、他人からの借り入れなので将来的に支払いや返済をしなければならない資本のことです。一方、「自己資本」は経営者や株主が企業に投資した資金と企業が儲けた利益によって貯めた資本ですから、支払いや返済の義務はありません。
貸借対照表(バランスシート)の構造モデル
中小企業の弱い財務基盤⇒強固な財務基盤の構築
中小企業の自己資本率は、大企業に比べて明らかに低い数字になっています。それは、中小企業の資金調達は金融機関からの借入に依存している割合が高いからです。貸借対照表上の負債の占める割合がきわめて高いことは容易に想像がつくと思います。
強固な財務体質とは、企業が安定的に推移するための「資金繰り力」を意味していると捉われがちですが、そうではありません。重要なのは、企業の成長や成功は、資金調達の巧拙によってもたらされているのではないということです。資金調達に成功しても、それは一時的なものにしか過ぎず、強固な財務体質を維持し続けることには繋がりません。
強固な財務基盤体質を維持し続けるためには、やはり自己資本の充実が大切なのです。自己資本の充実に向けた高収益体質のビジネスモデルの構築が最重要課題です。
事業リスクと財務リスク
強固な財務体質を維持し続けるために経営者には、万が一に備える財務リスクヘッジ戦略と事業リスクヘッジ戦略という2つの戦略をバランスよく行うことが求められています。
今後重要となるのは、どこの金融機関からも資金調達できない状況等の最悪のシナリオまで常に視野に入れ、すべてのリスクを考慮したうえで財務戦略を練ることです。
厳しい現実を直視し、自己防衛を図っていくためには「いざとなったら金融機関や支援機関の誰かがなんとかしてくれる」などという甘い考えは通用しません。経営者は、常に「リスク=危機意識」を持って経営していかなければならないのです。
この3回の投稿で述べてきた組織、事業、業務といった基盤固めをしっかり行い、顧客満足度を高める商品やサービスを提供し続けることができなければ、最終的には市場からの撤退を余儀なくされ、その企業に成功はありません。倒産後の負債総額に多少差がつくだけのことです。
中小企業に求められる財務戦略の再構築~損益構造の変化を前提に、強い財務を目指す
財務体質の強化を図るためのポイントについて、新型コロナウイルス感染症拡大の影響を例にとって説明します。
コロナ禍に対応するため資金調達したものの、行動制限等がなかなか解除されなかったこと等から財務状況が悪化してしまった企業が少なくありません。この改善には長期的な取組みが必要で、早めの対策を打たなければ事業継続にも影響する可能性があります。
基本的な考え方として「どうすれば新型コロナウイルス感染拡大前の損益構造に戻せるのか」と考えるのではなく、「新型コロナウイルス感染拡大前の損益構造を前提にしない」という、発想の転換が必要です。
たとえば、新型コロナウイルス感染拡大前に10億円あった売上高が、2割落ちて8億円になっているとします。その場合、売上高を10億円に戻すことを考えるよりも、8億円でも利益が上がる収益構造への転換を考えなければならないということです。そのために必要なのは、生産性の向上です。
経営効率化の指標は、人時生産性
生産性を測るための財務指標にもいろいろあります。例えば「人時生産性」を基準として用いる方法があります。
人時生産性とは「付加価値/労働時間」で測られる指標です。付加価値は売上高から外部購入価値を差し引いたもので、正確に計算しようとすると少し複雑になりますので、大雑把に粗利益(=売上高-原価)と考えればいいと思います。
たとえば、月の粗利益が1000万円、全従業員の総労働時間が1000時間だとすれば、人時生産性は1万円ということになります。
これを基準にして、人事生産性を向上させていくために、同じ労働時間でより粗利益の高い製品を製造するとか、あるいは同じ製品を生産するためにより短い労働時間で済むようにするといった方法を考えるのです。
ある労働集約型産業のクライアント企業では、労働者1人当たりの労働生産性をメルクマールにしました。労働者1人当たりの付加価値生産性を求めたければ「付加価値額÷労働者数」、また、1時間当たりの付加価値生産性を求めたければ「付加価値額÷(労働者数×労働時間)」で算出することが出来ます。付加価値については、人事生産性と同様の考え方で支障はありません。
売上高10億円だった企業が、8億円でも利益を上げられるように生産性を高めれば、もしアフターコロナで売上高10億円に戻れば、以前以上の高収益企業になっています。
経営者保証に関するガイドラインに基づく財務基盤
平成25年12月に経営者保証に関するガイドライン研究会が作成した経営者保証を不要とする融資制度の活用に関するガイドラインに以下のような基準が示されています。
① 法人と経営者との関係の明確な区分・分離
② 財務基盤の強化
③ 財務状況の正確な把握、適時適切な情報開示等による経営の透明性確保
この基準の中にも「② 財務基盤の強化」の項目があります。金融機関が融資をする際の判断基準として「財務基盤」をどう捉えているのかを知っておくことも必要です。その内容を確認しておきたいと思います。併せてこの項目に関するガイドラインのQ&Aも載せておきます。
経営者保証は主たる債務者の信用力を補完する手段のひとつとして機能している一面があるが、経営者保証を提供しない場合においても事業に必要な資金を円滑に調達するために、主たる債務者は、財務状況及び経営成績の改善を通じた返済能力の向上等により信用力を強化する。 |
⇒Q.具体的にはどのような財務状況が期待されているのか。
A.経営者個人の資産を債権保全の手段として確保しなくても、法人のみの資産・収益力で借入返済が可能と判断し得る財務状況が期待されています。例えば、以下のような状況が考えられます。
① 業績が堅調で十分な利益(キャッシュフロー)を確保しており、内部留保も十分であること
② 業績はやや不安定ではあるものの、業況の下振れリスクを勘案しても、内部留保が潤沢 で借入金全額の返済が可能と判断し得ること
③ 内部留保は潤沢とは言えないものの、好業績が続いており、今後も借入を順調に返済し 得るだけの利益(キャッシュフロー)を確保する可能性が高いこと
これらを見ると「財務基盤」として求められるレベルは借入金の全額が返済できることで、ストックとフローの両面で心配ないことが理想ながら、そこまでには至らない場合にはストックあるいはフローを重視して判断することも可能だと示されています。
財務基盤強化の考え方を知ることで、必要な取組が見えてきます。例えば「いつかは使うかも」と思っていた遊休不動産がそのまま放置していては、金融機関は新規融資に対して首を縦に振ってくれないが、売却して現金や換金性の高い資産に置き換えると前向きに考えてもらえる可能性があります。時間をかけて戦略的に取り組んでいくことが大切です。
100年企業に向けた経営基盤の強化
会社の将来を考えるのであれば、まずは、経営基盤を安定させ、持続的成長可能なものにしていく経営こそが重要になります。ここまで述べてきたとおり、経営基盤を安定させる為には、経営資源を見極め、焦点を定めて効率化することが必要です。
最後に、経営基盤強化についてカテゴリ-毎にポイントをまとめておきます。
◎組織基盤(合理的に意思決定を行う組織経営)
組織基盤の強化では、経営者の強力なリーダーシップによる集権型のワンマン経営ではなく、組織的意思決定を行うオープン経営の方が適しています。積極的な情報開示への取組みは、信用力の向上、金融機関からのスムーズな資金調達、企業イメージの向上、従業員の意識向上などさまざまなメリットがあります。
中小企業では経営者が株主となっていることが多く、「株主による経営の監視」が機能していないというのが実態です。また,積極的な情報開示は、経営者のコーポレートガバナンス意識を高めるといった一面もあります。
オープン経営の実践(社内)
営業や財務等の経営情報を従業員と共有し、組織的に意思決定を行うオープン経営を実践し,経営者の強力なリーダーシップに依存しない組織を構築していきます。企業理念や経営方針が従業員に浸透し、業務参画意欲が高まることで管理職への権限移譲がしやすくなり、組織の活性化が期待できます。
オープン経営の実践(社外)
中小企業の資金調達は、金融機関からの借 入れに依存しています。「金融機関が中小企業の事業内容や将来性を評価する能力を向上させる必要性」と「中小企業側も金融機関に対して事業内容や財務状態に関して十分な情報を提供する必要性」を指摘しています。透明性の高い情報開示は、金融機関や取引先との信頼関係の構築に大きく貢献するのです。
◎事業基盤(事業の選択と集中、事業基準の明確化)
事業基盤の強化では、利益獲得能力を高めていくことを目的とします。そのため、事業の選択と集中により事業構造を再構築し、企業価値を高めていきます。例えば、黒字化が見込めない赤字事業から撤退することにより、利益の最大化を図ることが重要です。
◎業務基盤(業務プロセス改善によるコスト軽減)
業務基盤の強化では、利益率を高めていくことを目的とします。業務上の非効率を改善していくことで、ムダなコストが削減され、ビジネスモデルそのものが磨き上げられます。
業務プロセス改善によるコスト削減
日々の業務プロセスを改善することで、コストの削減が可能となります。例えば、仕入プロセスでは、集中購買、比較購買、共同購入等に仕入方法を変更することで、仕入コストを削減することができます。購入高の多い仕入先や外注先から交渉していくことで、より効果的にコスト削減を実現することが可能となります。
また,調達量や技術力(付加価値)の程度 により内製化、協働化,集約化するなどの方策も検討が必要です。
◎財務基盤(貸借対照表のスリム化)
◎損益計算書の見直しによる収益力の向上
財務基盤の強化では、健全な財務体質へ改善していくことを目的とします。資産や負債 の実態把握、粉飾や誤謬等の修正、不要資産等の売却、負債の圧縮などにより貸借対照表 の健全化を図っていきます。
決算書類の透明性向上 中小企業の決算書類は、金融機関や税務署向けに税法基準で作成されることが多く、経営の実態が正確に反映されないことがあります。特に貸借対照表は、創業から現在に至るまで、長年にわたる経営の積重ねが記録されているため、帳簿上の評価と実態の評価において大きな差異が生じていることもあります。資産の償却不足や除却漏れ、不動産等が取得時の価額で計上されているなど、さまざまな理由が考えられます。 実態財産を精査したところ、債務超過が発覚するといったケースもあります。税理士などの専門家に実態財産の精査を依頼し、その結果を決算書類に反映させ,経営の実態を把握します。また,貸借対照表に計上されていない連帯保証等の保証債務についても、将来発生するリスクとして実態を把握しておくことが重要です。
決算書類の透明性を高めることにより、意思決定の精度やスピードの向上、金融機関からの信頼の獲得などの効果も期待できるのです。
貸借対照表のスリム化
収益に貢献していない資産(陳腐化した在庫、遊休不動産、塩漬け有価証券等)を洗い出し、将来活用する予定のない資産については売却や除却による処分を検討します。資産売却で得た資金は、借入金を返済し連帯保証を削減する原資や将来の新事業へ投資する原資とすることができます。
「経営基盤の強化」は組織風土の改革
経営基盤の強化では、ムダをなくし効率化することで企業の価値を高めていきます。ムダが発生していたという結果には、必ず原因が存在します。真の原因を究明し、場合によっては組織を根底から見直すような対策を講じて改革していきます。
経営基盤を安定させるということは、ムダなものを排除し、効率化させ、企業の価値を高めていくことであり、また、様々な問題に対して、その本質的な原因(阻害要因)を明確にし、場合によっては組織を抜本的に見直すことで、将来の利益・企業価値を向上させることでもあります。「経営基盤の強化」には組織風土の改革が必然なのです。
数字とお金を判断基準に!
経営基盤を計る物差しは、やはり「数字とお金」です。組織も事業も業務もそれ自体を可視化することは出来ません。生産性向上も業務の効率化もすべて数字として可視化しなければ把握することが難しいのです。
「数字とお金」は嘘をつきません。組織や人が動いたり、動かしたりした結果を事実として表わすのです。お金もその月末や期末の残高は、資金収支の実態を事実として表わします。つまり、強固な経営基盤か否かも、数字とお金を判断基準に評価しなければならないのです。
財務基盤強化の次には経営計画の見直しを
足元の財務体質を確認、強化する体制の構築のあとに、あるいはそれと並行して取り組まなければならないのが、中長期的な経営戦略の見直しです。
上記の収益構造変化の話でも触れましたが、新型コロナウイルスがもたらした経営環境の変化は、一時的な景気変動などとは異なり、不可逆的な変化であり「元に戻る」という発想ではなく変化に応じた事業構造へと変えていく発想が必要だと思われます。
経営者の「腹落ち」の必要性
「2022年版 中小企業白書」に経営者の「自己変革力」に関する記述がありますので、参考までに掲載しておきます。
第3節 経営力再構築伴走支援などの中小企業に対する支援の在り方 2.今後の支援の在り方~経営力再構築伴走支援モデル~ 〔5〕経営者の「腹落ち」の必要性 経営環境の変化が激しい時代においては、経営を見直したり、成長を実現したりするために、直面する多くの課題を乗り越えていくことが必要である。その際、経営者には、困難な壁に直面してもやり切る意思、状況に応じて臨機応変に対応できる柔軟性、経営者の独りよがりにならず社全体を巻き込む統率力等が求められる。このように、経営改善や成長に向けた取組は、リーダーシップ研究者R・ハイフェッツ(ハーバード大)の考えに基づけば、既存の解決策が応用できる「技術的課題(Technical Problems)」ではなく、既存の解決策がなく、当事者のマインドセット自体を変える必要がある「適応を要する課題」そのものである。このため、当事者である経営者が十分に「腹落ち」(納得)していなければ、その考えや行動を変えることはできず、誰かに言われたことを鵜呑みにするだけでは「腹落ち」には至らない。 経営者が腹落ちすれば、当事者意識を持って、自ら能動的に行動を起こすようになる。すなわち、「内発的動機づけ」が得られ、困難があっても最後までやり切ることができるようになり、結果として企業・事業者の「潜在的な力」が引き出され、それが最大限発揮される。経営者がこのような状態に達すれば、経営課題の解決に向けて「自走化」できるようになったと評価でき、「自己変革力」を身に付けたといえる。 |
投稿者プロフィール
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中小企業金融の現場で、33年間、政府系金融機関の担当者~支店長として事業資金融資の審査(与信判断)や企業再生支援、債権回収業務に従事するとともにそれに関する稟議書の起案・決裁に携わっていました。
その後、中小企業の財務責任者として資金調達、経営改善業務をお手伝いさせていただき、短期間で赤字体質の中小企業を黒字体質に改善するコトができました。
こうした経験を活かして、「財務の力でヒトとカイシャを元気にする」ために、小規模事業者・中小企業の皆さまのお役に立ちたいと考えています。
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