第15回 資金繰り表の活用

資金繰り

「こんにちは、雄蕊覚蔵です!」今回は、第14回「資金繰り力を高める経営」の続編(その1)として「資金繰り表」をテーマとして取り上げます。

「第12回 資金繰り管理」《資金繰り管理の実践》金融機関の通帳を活用した資金繰り管理では、通帳の出入りを活用した簡易な資金繰り管理の方法についてお伝えしましたが、今回は、より精緻な資金繰り管理を行うために必要なツールである「資金繰り表」の作成や活用の仕方等について解説します。

 

新型コロナウイルス感染症の影響で営業自粛要請やインバウンド需要の急激な減少等により、ほぼ「売上ゼロ」経営に追い込まれて資金繰りに苦しむ中小企業が増加しています。災害発生時やリーマンショックのような金融危機の時も同様ですが、こうした不測事態発生時には売上が一時的に激減し、資金繰りはどうしてもひっ迫してしまいます。こうした事態にも即座に対応できる仕組み作りが重要ですが、そのためには資金繰り力を強化することが不可欠です。資金繰り力強化のためのツールとして「資金繰り表」を活用することを提案します。足元で資金繰りに窮している企業は勿論、現時点では資金繰りに困っていない企業でも、「withコロナ、アフターコロナの時代」には、不測事態の発生、つまり売上が低迷する時期が長引く可能性があるということを肝に銘じて経営する必要があります。こうした状況下では、出来る限り将来に向けた資金繰りの見通しを立てておくことが重要です。そのために、少なくとも1年から2年先の予測資金繰り表を作成しておくことをお勧めします。

 

 《資金繰り表とは》
資金繰り表とは、「企業の資金の出と入りを記した表」のことで、資金繰りの状態(お金の動き)を細かく把握することができます。資金繰り表には、「資金繰り実績表」と「資金繰り予定表」の2つがあります。過去の資金繰り実績を示す表が「資金繰り実績表」であり、将来の資金繰りの状況を示す表が「資金繰り予定表」です。資金繰り表は、それぞれの企業の取引実態に合わせて、「日次」、「旬次」、「月次」等の単位で作成します。
このように資金繰りの状態を把握するための資金繰り表には、決まったフォーマットやルールはありません。なので、それぞれの中小企業の経営者がお金の動きを把握しやすいように作成し活用することができます。

 

《資金繰り表で押さえるべき項目》
上場企業は、「貸借対照表」、「損益計算書」、「キャッシュフロー計算書」の財務3表の作成が義務付けられています。「キャッシュフロー計算書」の作成は、今のところ中小企業には義務付けられていませんが、資金繰り表を作成する目的には、入出金の確認だけでなく、資金繰りにおける問題点を見つけ出し、改善することも含まれています。そう考えると資金繰り表で押さえておきたい項目を検討するには「キャッシュフロー計算書」が参考になると思います。
キャッシュフロー計算書は、一定の期間における資金の増減を「営業による収支」、「投資収支」、「財務収支」の3つの活動ごと区分して表示しています。この表によって会計期間における資金の増減を営業活動、投資活動、財務活動に区分して資金繰り状況を把握することができるので、資金の動きの確認だけでなく現状の改善点もより明確に把握することができます。

 

《3種類の収支に分けて作成》
ベーシックな資金繰り表を作成する際に、収支は「経常収支」「財務収支」「投資収支」の3つに分類して作成することをお勧めします。まず、それぞれの意味を説明します。
【経常収支】
経常収支は、企業の本業における資金収支を示す指標であり、経常収支がプラスであれば、本業が比較的順調に推移していると判断することができますし、マイナスだと本業がうまくいっていない可能性があるということになります。
損益との関係でみれば、営業利益が黒字であるにも拘らず、経常収支がマイナスであれば、売掛金の回収サイトと買掛金の支払サイトのバランスが悪い、売掛金の回収が滞留している、過剰在庫になっており資金が固定化している等の原因が考えられます。その原因を追究し、改善しなければなりません。
損益計算書上も赤字であれば、抜本的な対策をとる必要があります。

【財務収支】
財務収支とは、基本的には借入による資金調達(プラス)と借入金の返済による資金の減少(マイナス)を表しています。財務収支がマイナスになるということは、借入金の返済を進めたということになります。一方、財務収支がプラスになっているということは借入を行ったことを示していますが、借入金の使い途によって、判断する必要があります。経常収支がマイナスになっており、その資金不足を補填する目的で借入したのか、業容拡大に向けた前向きな投資資金として借入したのか等、財務収支だけでは、資金繰りの状況をうまく判断できないのです。経常収支と併せて考える必要があります。経常収支と財務収支をあわせてプラスになっている場合は問題ないと判断できるといえます。要は本業でしっかりと財務収支をまかなえている状態なので、企業として健全な状況にあるといえます。一方で経常収支と財務収支を合わせてマイナスになっている場合には要注意です。経常収支の不足分を借入等で補填できていない、または経常収支で借入金の返済に対応できていないということになります。将来、資金ショートする可能性があります。
経常収支と財務収支をあわせてマイナスになっている場合は、なんらかの対策を打つ必要があります。資金流出を減少させる早道は借入金の条件変更(リスケ)です。元金返済を猶予してもらえば、その分支出を減らすことができるのです。
折り返し融資等、借入による資金補填も打ち手の1つですが、借入金を増加させることは、将来の返済負担を増やすことに繋がりますので、その場凌ぎにならないように返済計画等を入念に行ったうえで、借入するか否かを判断する必要があります。

【投資活動による収支】
事業が発展・成長するためには、計画的な投資は不可欠です。投資活動による収支は、投資すればマイナスになります。資金を使って、設備等の資産を購入するからです。一方、投資した資産を売却すれば投資活動による収支はプラスになります。資産売却により資金を回収することになるからです。
投資活動がうまくいっていない場合は、投資した資産を処分(売却)して資金を回収することを考えなければなりません。投資した金額より低い金額でしか処分できなかった場合は、損益上は損失が出てしまいますが、資金収支上は、投資性資産を売却することで手許の資金を増やすことができます。資金繰りの改善に繋がりますので、計画通りの利益が上げられないと判断したら、早い段階で撤退することも一つの選択肢となります。「いつかは利益が出る」と思って長期保有をしてしまうと、かえって損失が大きくなることもありますので、手許の資金繰りをみながら、期限を決めて撤退することが大切です。

 

《資金繰り表の作成》
「資金繰り実績表」
多くの会計ソフトに資金繰り表を作成する機能がありますので、会計データを入力していれば、資金繰り実績表は簡単に作成できます。会計ソフトを使っていなくても、作成すること自体はさほど難しいことではありません。多少手間はかかりますが、現金出納帳、預金出納帳、伝票等の帳簿記録などから現預金の増減取引を抽出して集計すれば、実績資金繰り表を作成することができます。

「資金繰り予定表」
資金繰り管理の最大の目的は、資金繰りの将来予測をすることです。将来に向けたお金の動きを把握することで資金繰りの安定化を図る必要があるからです。そのためには、如何に精度の高い資金繰り予定表を作成するかが課題になります。
「資金繰りの将来予測をすることは、難しい」という先入観や固定観念を持っておられる経営者や財務担当者が多いのではないかと感じています。そのため、現場では資金繰り予定表の作成に対して苦手意識を持っている経営者や財務担当者が多く、一方で将来の売上予測をしても実現可能性が不確実なのだから「資金繰り予定表を作成してもムダ」と考えられいぇいる面もあると思います。
しかし、それでも資金繰り予定表は作成する必要があります。将来の資金繰りが苦しくなると予測されたら早めに対策を打つことができますし、金融機関との交渉にも重要な役割を果たすからです。一般的には、資金繰り予定表は3か月間から長くても1年間程度を目安に作成することが多く、翌月や翌々月は数字の精度が高いものの、それ以降は徐々に低下する傾向は否めませんが、予測と実績に差異があったならば、何故差異が出たのか、その原因を追究し、経営改善に繋げていくことが大切なのです。

 

《資金繰り表の作成手順》
まず、固定支出から作成します。毎月発生又は発生が見込まれる固定支出の項目は次のとおりです。
①借入金返済・支払利息
現在ある借入金の元金返済額と支払利息を記入します。金融機関から届く返済予定表から数字を拾うだけで記入出来ます。借入金の返済元金は、財務収支の支出欄に、支払利息は経常収支の支払利息欄に転記します。

②人件費・諸経費
人件費や諸経費(家賃、リース料、保険料、水道光熱費等の費用)は、固定費です。多少の増減があっても大きな変化は少ないので、前年度の実績値や直近の数値を確認して経常収支の人件費、諸経費欄に記入します。

③スポット支出の確認
①,②で毎月の固定支出の記入について説明しましたが、忘れてはいけないのが、毎月発生するものではないが、年間でみれば、ある決まった月にだけ発生するスポット支出があります。この支出の計上漏れがないように注意する必要があります。

具体的には、賞与支出、給与に対する源泉所得税(年2回納付の企業の場合、1月と7月に計上モレがないか注意が必要)、法人税等(法人税、法人住民税・事業税等)・消費税(どちらも納付期限は決算期末後2か月以内、前期の税額によっては予定納税が必要となる)等があります。

④売上入金と仕入支払の予測
資金繰り予定表の作成のなかで、最も慎重に考えなければならないのは売上です。
売上原価(仕入支払)は、売上の変動に伴って増減する変動費です。変動費は率(原価率)で管理するのが一般的です。また、原価率は、業種や企業によってある程度決まっているので、売上が確定すれば、自動的に原価(仕入分)は予測することが出来ます。
事業計画(損益計画)が既に策定されていれば、その月次計画に従って、売上予測をすることが出来ます。しかし、事業計画(損益計画)が策定されていない場合は、事業内容に大きな変動があるかないかを確認し、変動がない場合は、過去3期程度の売上の実績値を確認することで、おおまかな予測数値を把握することが出来ます。
次に、予測した売上がいつ入金されるか、仕入分をいつ支払うかを確認する必要があります。掛売、掛仕入については、販売条件、仕入条件が設定されていると思いますので、その条件に基づいた回収または支払サイトに従って資金繰り表に落とし込んでいきます。
例えば販売条件が「当月末締め翌月末回収」であれば、当月分の売上分を翌月の売掛金回収欄に記入することになります。

⑤予実管理(予測と実績の差異の検証)
毎月当初に前月の資金繰り実績と予測した資金繰りとの差異を検証する必要があります。実績と予測には差異が発生すると考えられますので、差異が発生した原因を把握することが重要です。
この作業が、資金繰り管理では、重要な業務です。この資金繰り管理業務は本来だと財務担当者が行うことになります。「予測⇒実績⇒差異の原因分析⇒対策の検討実施⇒再予測」というサイクルを回すことにより、精度の高い資金繰り管理を行うことができます。
また、この検証を繰り返すことで経営上の問題点を明確にすることができますし、経営改善に向けた対策をタイムリーに打つことが出来ると考えられます。

 

《参考》ベーシックな資金繰り表(雛形)
以下に参考として、ベーシックな資金繰り表の雛形を載せておきます。この雛形は、予測と実績を1表にまとめたもので、予測と実績の差異を一覧で管理できるように作っています。

《損益計画との連動》
資金繰り表は、売上、売上原価、経費という損益計算書に示された数字と連動したお金の動きを示した表なので、資金繰り表に示された月末残高が試算表や貸借対照表の数字と一致しているかどうかを確認する必要はあります。また、資金繰り表を基に収支改善を実施することが、収益の改善にも繋がります

《資金繰りをチェックする指標》
3期程度の決算書あるいは試算表から以下の回転期間を計算することにより、回収、支払が遅延、滞留していないか、適正在庫を維持しているかをチェックすることが出来ます。

売上債権回転期間=売上債権(受取手形、売掛金)÷平均月商※
売上債権の回収がどれくらいの期間でなされているのかを見る指標です。この指標が長期化していたら、回収不能や回収遅れが発生している可能性がありますから、資金繰りが悪化します。逆に、指標が短くなっていたら、自社の資金繰りは楽になります。

仕入債務回転期間=仕入債務(支払手形、買掛金)÷平均月商※
仕入債務が月商の何か月分あるのかを表わし、どれくらいの期間で決済されているのかを見る指標です。この指標が短くなると、資金繰りは悪化します。

棚卸資産回転期間=棚卸資産÷平均月商※
月商の何か月分の棚卸資産を保有しているかを表わす指標です。売上債権回転期間と同様に、この指標が長期化していると資金繰りは悪化します。
※実務では売上高(平均月商)を使うことが多いですが、より正確に回転期間を求めるためには売上原価を使うようにしてください。

 

《3つの収支の理解》
冒頭にも述べましたとおり、資金繰り表には決まった形式はありません。なので、各企業に沿った形式にカスタマイズしていただいて結構なのですが、「経常収支」、「財務収支」、「投資収支」の3つに区分して確認することの必要性だけは、理解しておいてください。
経常収支がマイナスは、危険信号です。借入による財務収支がプラスになっていても、将来元金返済があることを忘れないでください。また、「投資収支」がマイナスならば、その原資をどのようにして資金調達したのかの確認は必要です。手許に資金があるからといって、自由に使って良いことには繋がらないのです。

「資金繰り表の活用について」の解説は以上です。資金繰り管理は、コロナ時代における経営管理の「ニューノーマル」だと考えます。資金繰り管理の導入を重ねてお薦めします。

投稿者プロフィール

矢野 覚
矢野 覚
LINK財務経営研究所 代表 
1982年 4月 国民金融公庫入庫
1993年 4月 公益法人日本生産性本部経営コンサルタント養成講座派遣
2015年 3月 株式会社日本政策金融公庫退職
2015年10月 株式会社山口経営サポート(認定支援機関)入社
2019年12月 同社 退社
2020年 2月 LINK財務経営研究所 設立
2022年 5月 健康経営アドバイザー
2022年 7月 ドリームゲートアドバイザー
中小企業金融の現場で、33年間、政府系金融機関の担当者~支店長として事業資金融資の審査(与信判断)や企業再生支援、債権回収業務に従事するとともにそれに関する稟議書の起案・決裁に携わっていました。
その後、中小企業の財務責任者として資金調達、経営改善業務をお手伝いさせていただき、短期間で赤字体質の中小企業を黒字体質に改善するコトができました。
こうした経験を活かして、「財務の力でヒトとカイシャを元気にする」ために、小規模事業者・中小企業の皆さまのお役に立ちたいと考えています。

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