第18回 社長の勘違い

中小企業経営

「こんにちは、雄蕊覚蔵です!」今回は、「社長の勘違い」と題して、現場で数多くの社長とお会いしたなかで、『それ勘違い?』と感じたことについてコメントしてみようと思います。雄蕊は、このブログでこれまで「社長」という言葉を使わないで、「経営者」という言葉を意識して使っています。また、「銀行」についても同様に「金融機関」という言葉を使っています。特に、意味がある訳ではありませんが、私のキャリアのなかで、「経営者」や「金融機関」という言葉を使ったほうが、しっくりくるというだけのことです。でも、今回は親しみを込めて「社長」という言葉を使ってみます。

 

《勘違い① 新規事業に意欲的に進出》
社長は、事業家として新規事業に次々と手を出したがる傾向にあるようです。次から次へやりたいことが湧いてきて、それを事業化しようと躍起になって取り組んでおられるのですが、本業は大丈夫なのだろうかと心配することもあります。
かつて金融機関勤務時代にお会いした二代目社長がこんなことを仰っていました。「先代の社長だった親爺から『事業の山を3つ持っておけ!そのうちの1つが不調に陥っても残り2つの事業がうまく動いていれば、会社を潰さなくて済む』と厳しく言われた。多くの事業を手掛けるつもりはないが、従業員を守るためにもこの教えは肝に銘じている」と。
新規事業を展開する目的は何なのでしょうか? ①売上を増やしたいから…? ②事業を拡大することで凄い社長と思われたいから…?
一方、従業員は、それをどんなふうに捉えているのでしょうか? ①その事業に携わるスタッフの補充や教育ができてないのに事業拡大だけしてどうするの…? ②事業が増えれば増えるほど、社長の目が行き届かなくなり、その結果、管理が甘くなって赤字事業が増えるだけ…? ③新規事業への投資の名目で借金がどんどん増えてどうするの…? ④採算の取れている事業の利益が不採算事業の穴埋めにまわってしまう…?
ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長である柳内正氏の著書に「一勝九敗(出版:新潮社(新潮文庫))」があります。
家業の紳士服店をカジュアルウエアのトップ企業「ユニクロ」へと急成長させるまでの歴史と数々の失敗体験を率直に綴った、今から10数年前に出版された書籍です。
雄蕊は、この著書のなかで「プロ野球の投手なら1勝9敗だと戦力外通告されるかもしれない。しかし、事業は失敗を恐れず、勇猛果敢に新規事業へ挑戦することが必要である。たとえ9敗(失敗)しても会社を潰さない1勝(成功)があればよい」この言葉は、雄蕊なりの理解として今も鮮明に記憶に残っているものを雄蕊の言葉で表したものですが、その後、中小企業の社長と話をするときに引用させていただいていました。雄蕊が伝えたいのは、「新規事業へ果敢に挑戦することは必要だが、失敗しても会社と従業員を守れる強い事業を持ったうえで、挑戦しろ」ということです。そうしないと結果として、従業員からは経営者に対する不信が出てくる可能性があると思います。

 

《勘違い② 社長は失敗しないので》
会社経営が(表面上かもしれませんが、)順調で、従業員や取引先、そして銀行からも評判が良い状況が続くと、社長はだんだん「自分が有能な経営者・事業家ではないか」と思い始めます。事実、有能なので事業もうまく行っているのですが、経営はそんなに簡単なものではありません。事業規模が小さいときは、自分一人で会社を引っ張ることができても、従業員の数が増え、事業規模が拡大すると、より高度なマネジメント力や資金力等を要求されることになり、一方で、強い競合相手と戦わなければならなくなります。到底、社長一人では引っ張ることができなくなります。
何をやっても失敗しないと勘違いした社長は、拡大した本業に注力しなければならない状況下にあっても、本業とは直接関係のない別の事業を始める傾向があります。会社の幹部や他人の意見を聞かず、「自分がやれば必ず成功する」と自分の判断だけで始めてしまい、結果として、新規事業に失敗、大赤字で本それが業にまで影響し、最悪の場合には本業さえも倒産してしまうことも起こり得るのです。

 

《勘違い③ 売上をあげることが至上命題》
売上を伸ばしただけでは、利益は増えません。逆に、売上を伸ばすための費用増加分が売上の増加分を上回ると、利益を圧迫することになります。これは、当たり前のことですが、意外にここに気付いていない社長も多いのです。売上だけに着目するのではなく、利益、資金繰りも併せてみていく必要があります。
また、売上を伸ばすと資金繰りが繰しくなる場合が多いのです。これは、「第14回 資金繰り力を高める経営」の「なぜ、資金繰りは悪化するのか」という項目や「第16回 金融機関からの借入金の種類」のなかの「増加運転資金」の項目で解説していますので、そちらを確認してみてください。

 

《勘違い④ 利益が出れば、お金が増える》
上述の「売上を伸ばすと資金繰りが苦しくなる」に関連することなのですが、売上等、全ての取引を現金で行い、かつ無借金で現預金以外の資産を持っていない会社ならば、利益が出れば必ずお金が増加します。B to Cの取引ならばいわゆる現金商売も可能かもしれませんが、B to Bだと、そのほとんどが信用取引ではないでしょうか?また、設備投資や在庫投資のための銀行借入もあると思います。利益が出てもお金が増えない原因は、こうした取引形態や事業構造にあるのです。
設備投資をした場合、在庫や売掛金が増加した場合、買掛金等が減少した場合には、手許のお金は減少します。「利益が出ればお金も増えるとは限らない。」ということなのです。

 

《勘違い⑤ 社長のリーダーシップ》
「リーダーシップとは、会社を社長が考える方向に進めていくこと、社長の命令通りに社員を動かすこと」、つまり、社長の右向け右という命令に従って、社員全員が右を向くことが、社長のリーダーシップだと思い込んでおられる方が多いようです。
経営におけるリーダーシップは、社員全員が納得して正しいと思われる方向に会社運営を進めていくことです。社員全員が納得しないまま、社長の想いだけで社員を引っ張っていくのは、本来のリーダーシップではなく、独裁政治的な色合いが強いと言えます。社員が納得しなければ、社員のモチベーションも上がりませんし、社長との間に大きな溝を作り、不信感に繋がることもあり得ます。最悪の場合、突然、社員全員が退社するという事態が起きる可能性だってあるのです。
社長は、自身が目指す方向性を示したり、ゴールを明確にした旗を立てたりすることに専念し、具体的な戦略や戦術は、経営幹部等と相談しながら意思決定をすることが不可欠だと思います。具体的な事業計画に落とし込み、「成文化・見える化」することで、目標や役割分担、実行計画等を社員全員に明確に示すことができます。

 

《勘違い⑥ 有能な社長が会社を発展させる》
社長のなかには、「会社の中で自分が一番なんでも分かっている。」、「社員がいなくても、自分一人でやっていける。」と思っておられる方が多いかもしれません。
雄蕊も金融機関で管理職をしていた時代、そして現在、財務責任者として企業経営に関わっている立場から少なくとも関わっている部署のことについては、すべて分かっておきたいという気持ちは常に持っています。しかし、現実問題として、一定の規模を超えると目の届く範囲が限られてしまうのも紛れもない事実です。一人親方なら「自分が一番何でもわかっている」が通用するのですが、社員が1人でもいれば、更に社員が増え、事業規模が拡大していくと現場で起きていることすべてを社長が把握することは困難なのです。
社長のブレイン、あるいは手となり足となって一緒に働いてくれる部下を数多く作ることが会社の発展に繋がります。社長がいくら有能であっても一人で出来ることには限界があるのです。
一方で、「会社のことは自分が一番分かっている、自分一人で何でもできる」という気持ちがあまりにも強くなると、何か問題が発生したときに「なぜ社長である自分の言った通りに出来ないのか」と社員に対して苛立ちを覚え、社員を怒鳴りつけたり、仕事の途中で口を挿んだりします。そうなってくると社員は、委縮して社長から怒られないように社長の顔色ばかりを気にするようになります。結果として、言われたことしか出来ない指示待ち社員や自分で考えることが出来ない社員が増えることになってしまいます。社員を育成すること、社員が成長する場を与えることが社長の仕事です。「社員の成長が、会社の成長である」と肝に銘じて社長職を務めることが大切です。

 

《勘違い⑦ 社長が社員に給料を払ってやっている》
社長のなかには、「社員に給料を払ってやっている」と思っておられる方も多いかもしれません。確かに、組織として機能しておらず、統率が図れていないような会社では、社員一人ひとりが好き勝手に行動することもしばしばで、「誰から給料を貰っているのか、少しは考えて行動しろ!」と社員に対して文句を言いたくなる場面もあります。正直、雄蕊も中小企業の現場でそう思うこともありました。
しかし、本来あるべき社長の社員に対する考え方は、現場で仕事をしているのは社員であり、社員の一人ひとりが、お客様と接してモノやサービスを提供したり、ものづくりをしたりして売上を上げてくれている。つまり、現場で社員が、働いて稼いでくれているからこそ、会社が機能し、社長が社員に給料を払えているということではないでしょうか? つまり、社長と社員、お互いがお互いの価値や役割を認め、尊重することがよい会社へと繋がると思うのです。

 

《勘違い⑧ 会社のお金は誰のものなのか》
雄蕊が金融機関に在籍していた時に、小さな衣料品の小売店の融資判断をしたときのこと、その企業は業歴のある企業で、地元で数十年家業として衣料品小売業を営んでいました。決算書の棚卸資産の欄には明らかに過剰在庫と思われる数字が計上されていました。売れ残った商品は、いずれ処分しなければなりませんが、不良在庫が増えることで資金が固定化してしまい、資金不足を引き起こしてしまいます。その企業は、社長からの資金補填によって賄っていました。どういうことかというと役員報酬をすべて会社につぎ込んでいたのです。それも10年以上、役員報酬を受け取らず、会社の存続のために注ぎ込んでいました。社長からの借入金は、負債性がなく疑似資本と見做すことができます。この社長の会社に懸ける熱意を感じ取ることができたので、支援方針の結論を出しました。しかしながら、専門店の台頭等により、結局は商売をたたむことになったのですが…

 

「会社のお金は社長が使って良い」つまり、会社のお金を社長自身が好きに使ってよいと社長が思っているということです。社長だからといって、会社のお金を社長の自由に使ってよいのでしょうか?
会社のお金は、仕入や従業員の給料、家賃、銀行返済のためのものなのです。社長が勝手に交際費や遊興費として使ってはいけないお金なのです。もし、社長が「会社のお金は自分が自由に使える」という考えを持っているのであれば、その気持ちが社員に伝わり、社員のモチベーションが下がり、取引先等に対するモノやサービスの質が劣化し、それによって会社の評判も下がってしまう。その結果、資金繰りに困り、最悪の場合は、倒産や横領等の発生に繋がることもあり得ます。「会社のお金は社長のお金ではなく、会社のためのお金」なのです。

 

《勘違い⑨ メインバンクは会社や社長の強い味方》
現在は、かつての「メインバンク」としての機能をどの銀行も持つことが難しくなっています。「メインバンク」という言葉は「死語」といっても過言ではないのです。「メインバンク」と呼ばれている銀行の機能は、振込等を引き受けている窓口銀行、借入金額が一番大きい調達銀行に限定されています。その理由について解説します。
バブル崩壊後、各銀行は、不良債権を大量に抱えて業績を悪化させました。いわゆる「不良債権問題」です。その状況を打破するため、1996年に日本銀行から各市中銀行に「内部格付け制度と信用リスク計量化(客観的な評価により企業を評価し融資判断すること)」に関する指針が出されたのです。
その指針を受けて誕生したのが、現在も使われている返済能力重視の格付け(スコアリングモデル)です。担当者である銀行員や支店長が、「メインバンクとして、ぜひとも協力させていただきます」と言っても、その会社の格付けが良くなければ話を進めることが難しくなっています。バブル崩壊後、銀行の不良債権問題が表面化したあと、銀行は、取引企業を客観的な評価で格付け(スコアリングモデル)しているからです。
かつての「メインバンク」が機能していた時代の格付けについて確認しておきます。
評価項目は、①安全性、②成長性、③収益性、④業界の将来性、⑤業界構造、⑥業界動向、⑦業界内の地位、⑧事業資質、⑨社会性、⑩資産背景、⑪親密度、⑫社長の経営能力、⑬社長の人柄、⑭銀行への協力度の14項目です。このなかには、計数指標や基準等は、まったくありません。すべて担当者による主観的評価です。各項目を「優良」「普通」「劣後」の3段階で評価し、最後に総合的に6段階で評価を付けます。つまり、格付け(スコアリング)が導入される以前は、担当者や支店長の心象が重要視されていたのです。なので、決算書の数字に左右されず、メインバンクとしては、ある程度自由裁量のなかで取引先である会社を支援することができたのです。

 

《勘違い⑩ 銀行融資は積極的に受けるべき》
決算書をみる限り、どう考えても返済能力が欠けている。それにも拘らず、銀行が融資を続けている状況を目にすることもあります。銀行は、返済能力を「債務償還年数」という経営指標で評価します。計算式は次のとおりです。
(有利子負債(短期借入金+長期借入金)+社債-正常運転資金)÷(営業利益+減価償却費)
債務償還年数を計算すると15年や20年超でも、融資を受け続けている会社も存在します。それは、金融緩和政策の恩恵だと思います。銀行の本来の融資に対する姿勢は、会社の体力や返済能力を査定し、資金使途の妥当性を判断したうえで融資の可否を決裁することです。
しかし、一方で会社の財務状況が悪くても、いざとなったら社長個人から回収できると銀行が判断して会社への融資が行われている事例も少なからずあるのが現実です。そのような会社の多くは、オーバーローンの状況に陥っています。自力での返済は難しいため、長期借入金を返すために短期借入金を借り、返済資金に充当する等を繰り返しています。返済のための借入が続くと借入金は雪だるま式に膨らんでしまいます。銀行もこうした融資には限界があります。「もう次回は短期での融資はできませんので」とメインバンクと信じていた銀行から告げられる可能性があるのです。慌てて、他銀行へ出向いて支援を依頼しても「御社の財務状況では、融資はできかねます」となり、資金調達ができなくなります。資金調達ができなければ、返済ができません。最終的に返済ができなくなれば、銀行は即座に回収に入ります。押さえていた不動産や預金をすべて、債権回収に充当します。経営者は身ぐるみはがれた状態になってしまいます。こうした状況に対応するため、金融庁は「銀行が個人保証をとることで、経営者個人を路頭に迷わせることのないように」経営者保証を取らない融資を推進しているのも事実です。

 

今回は、財務責任者の視点から「社長の勘違い」についてお話しました。2019年12月「金融検査マニュアル」が廃止される等、銀行の融資姿勢に新たな変化の兆しはあります。
「事業性評価」、「成長性評価」といった定性的な評価の重要性が増していることも、企業経営にとってはプラス材料だと思います。

投稿者プロフィール

矢野 覚
矢野 覚
LINK財務経営研究所 代表 
1982年 4月 国民金融公庫入庫
1993年 4月 公益法人日本生産性本部経営コンサルタント養成講座派遣
2015年 3月 株式会社日本政策金融公庫退職
2015年10月 株式会社山口経営サポート(認定支援機関)入社
2019年12月 同社 退社
2020年 2月 LINK財務経営研究所 設立
2022年 5月 健康経営アドバイザー
2022年 7月 ドリームゲートアドバイザー
中小企業金融の現場で、33年間、政府系金融機関の担当者~支店長として事業資金融資の審査(与信判断)や企業再生支援、債権回収業務に従事するとともにそれに関する稟議書の起案・決裁に携わっていました。
その後、中小企業の財務責任者として資金調達、経営改善業務をお手伝いさせていただき、短期間で赤字体質の中小企業を黒字体質に改善するコトができました。
こうした経験を活かして、「財務の力でヒトとカイシャを元気にする」ために、小規模事業者・中小企業の皆さまのお役に立ちたいと考えています。

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